第3話

紋太郎が次に向かったのが、お夏の妹のお秋が後をやっている居酒屋『すずめ屋』であった。

紋太郎がお夏と始めて逢ったのはこの店であった。お夏の店は、今市宿で知らない者はなく、何時も繁盛していた。店奥には父親の弥之助がおり、器量はお夏に及ばないが、愛嬌では負けないお秋が姉を手伝っていた。お夏は顔も売りだったが、気っ風のよさ、話の回転の良さで客を楽しませた。おキャンで飾らない下町娘は、宿(しゅく)の同性からの人気もあった。

「あれー、紋太郎さんじゃないかぁー」

「お秋ちゃん、しばらく見ないとすっかりいい女になっちまって、どうしたい」

「お姉さんほどでなくって、お生憎さん」

「おやじさん、帰ったよ。お夏さんからの事付だ」

中はお夏からの手紙と、金すが入った包みと、お秋への土産の反物であった。

「お夏さんは元気で、江戸で今売れっ子の人気作家だよ。志帆さんとこに置いてきたが、又読ませて貰えばいい。読めないだって!お秋ちゃんに読んで聞かせて貰えばいいや」

 

奥から出てきた弥之助は、宇都宮宿の隣にある雀の宮宿の生まれで、なんでも若い時に上方で料理修行したとかで、酒の肴に旨いものを食わせるので定評であった。料理の内には入らないが、上方味の〈きつねうどん〉は名物で、酒を飲めない男や、遊女や、飯盛女も店にやって来て、それを目当てにさらに男達がやって来て、店は何時も混雑していたのである。

 そんな雑多な客を一手にさばくのがお夏であった。遊女や旅籠の女たちは、お夏の書く読本の贔屓が多く、「お夏ちゃん、あの続きはどうなるんだろうね」「お夏ちゃん、次は私のことも書いてね」と云うのであった。お夏は彼女らの交わす話からヒントも得たし、お夏の女ぶりを認めて、身の上相談を持ちかける者もいた。お夏の書く『今市宿遊女評判記』は、今市宿だけに及ばず、日光街道の宿場町でも人気があった。


注釈:

《文化文政の時代、日本は識字率において世界一であったという。井原西鶴が「今時は物かかぬといふ男はなく」と言っているぐらいである。この文字が読めることで、西鶴の浮世草子や、十返舎一九の『東海道中膝栗毛』のように、庶民生活を面白おかしく描いた、滑稽本をはじめ、色んな読み物が愛読されたのである》


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