第2話
春風の紋太郎が今市宿に着いて、まず真先に向かったのが、町医者の梅安宅であった。梅安先生はこの地で朝鮮人参の栽培に成功し、安くそれを使えるようにし、栽培農家には少しの豊かさをもたらせた。今は年老い、伏せる日が多く、もっぱら診るのは先生代理の一人娘の志帆であった。
「志帆さん、お久しぶりでござんす」
「あれ、紋太郎さん。いつ帰られたのですか?」
「たった今でさぁー。何を置いても志帆さんの顔を見ないと、今市宿に帰った気になりませんや」
「江戸で3年も暮らせば、お世辞もお上手になられたこと」
「梅安先生のおかげんはどうなんです」
「ありがとうございます。寝たり起きたり。何分歳ですからね」
「後で挨拶できますかね」
「はいとも、紋太郎さんの顔を見たらきっと喜ぶでしょう」
「志帆さんにお見せしたいのが、これでさぁー」
紋太郎が差し出したのは、大事に背中にたすきに背たらっていた例の風呂敷包みであった。風呂敷を開けて見えたものは、数冊の草子であった。
「お夏さんと加代さんが最近書かれた草子でさぁー。江戸で今人気の読み物女作家と云えば、二人の名前をおいてござんせん。志帆さんに真先に見てもらおうと、お持ちした次第でさぁ」
「なつかしい。おふたりは元気なのですね。何よりのお土産、早速に読ませて貰いましょう。さー奥へ」
「先生おかげんはどうです」
「おおー、誰かと思ったら紋太郎じゃないか。お夏さん、加代さんも今市宿から姿を消し、お前までいなくなっちまった。みんなどうしたんじゃろうと、志帆とも話さん日はなかった。わしはこの通り、何とか生きとるよ」
「心配かけてすいません。お夏さんも、加代さんも元気ですよ。俺はほれこの通り、ピンピンでさぁー。先生も早く元気になってくだせぇー」
「おまえの顔見て、みなの元気を聞けば、何より長生きの薬じゃて」
梅安の目には滲むものがあった。
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