第11話カリナとの外出

翌日 ──


 カリナ姉さんへのお詫びを兼ねて今日は一緒に外出をする日。


「リアム起きて。今日は私とデートの日よ!」


 今日のお詫びのお供をデートとのたまうカリナ姉さん。しかし、今日は彼女が女王様なので逆らうわけにはいかない。


「起きるから揺らさないで」


 そう逃げる様に体を起こし目を覚ましたリアムは、ご機嫌そうに部屋から出て行くカリナ姉さんの背中を眺めた後、寝間着を着替えてリビングに向かう。


 朝食も食べ終えて身支度の整った僕とカリナ姉さんは、「「いってきまーす」」と玄関のドアに手をかけて外に出かける。


「今日はピクニックに行くわよ!」


 壁外に出る東門の方向に歩みを進めるカリナ姉さんは、横について一緒に歩く僕にそう告げる。てっきり前世でよく耳にした長い女の子の買い物やお店めぐりに付き合わされるものかな、と思っていたがどうやら違った様だ。


「外に出るの?」


「そうよ!私のとっておきの場所に連れてってあげる!」


 ここでいう外というのは街を囲う外壁の外だ。壁内には「居住区」「中心区」「商業区」などがあり、一方、壁外には畑がある。


 それからも「今日はピクニック日和だね」なんて他愛もない会話をして東門についた僕たちは、門兵の人に許可証をもらい門の外に出る。

 ちなみに、僕が門の外に出るのは今日が初めてだ。


「おっとすまないね・・・ぼくちゃん」


「いいえ大丈夫です、お爺さんこそ大丈夫でしたか?」


「儂はこの通りピンピンしておるわい。気にするでない」


 門で許可証をもらうために、既に許可証を持っているカリナ姉さんとは少しの間別で列で並んでいた僕に、一人のお爺さんがぶつかってきた。


「それでは、すまぬが儂は急ぐのでそれではな」


「はい、良い一日を」


「ありがとう、ぼくちゃんも良い1日を」


 そしてそのお爺さんは別れの挨拶をすませると、街の方の雑踏へフラッと消えていった。



▽ ▽ ▽ ▽


「うわーッ!ずっと向こうまで畑が続いてる!」


 門の外に出るとそこに広がっていたのは一面に広がる、まだ土の茶色が露わになる麦畑だった。


 季節は春。


 今は丁度種まきの時期らしく、街道を歩いているとあらかじめ作られていた畝に種をまく人々がポツポツと茶色の畑の中に見える。

 これが初夏の候となると、収穫期を迎えた小麦色の麦が風に吹かれ揺れる。その一面に広がる麦が、黄昏に当てられ金色に輝くその風景はノーフォークの風物詩の一つだ。

 

 麦畑の広がるエリアも抜け、しばらく街道を進んでいく。すると、突然カリナ姉さんが街道から外れて木々が茂る道のない林方へと歩き始めた。


「こっちよ」


 そう言うカリナ姉さんに、僕は黙ってついて行く。


 それから10分ほど歩いただろうか。林の木々の影が少なくなり、木漏れ日が日光となり始めた頃、突然ひらけた場所に出る。


 そこには、対岸が確認できるほど大きくはない湖と花畑があった。そして ──


「サクラ・・・・・・」


 花畑に包まれたその湖の湖畔に、大きな一本の桜が根付いていた。



「あら、知ってたの?」


 僕の零した言葉にちょっと残念そうに聞き返してくるカリナ姉さんに、『マズイッ』と直ぐに首を横に振る。そんな僕の様子を見て「そう・・・」と不思議そうに呟いた後、桜の木へと近づいて行く。


 桜の木に近づくとふと吹いてくる風は、枝を揺らし、風に乗せられた薄いピンクの花びらは舞い散る。隣の湖の水はとても透き通っており、湖底に沈む流木と沈む花びら、浮かぶ様に泳いでいる魚が確認できる。そんな湖の水面みなもには、多すぎず、少なすぎもない、見ていて丁度良い数の花びらが浮かんでいた。


「綺麗な場所でしょ?」


 桜の木の近くまで来てそう尋ねるカリナ姉さんに「うん」と返事をする。その返事に表情和らぎ満足そうに微笑むカリナ姉さんは、その視線を桜の木に移す。


「この木は春の時期に花を咲かせる木なの。ここはね、私が去年スクールの実習で薬草を取りに来た時に、フェアーリルが見つけて連れてきてくれた場所なの」


 花びら舞う微風に髪を揺らし、そう桜の木をガラスの様に透き通る青い瞳で見つめて話すカリナ姉さんの横顔は、とても綺麗だった。


 そして、桜とこの場所を見つけた経緯について話しを終えたカリナ姉さんは、「おいで、フェアーリル」と胸の前に持ってきた右手の指に一匹の青い蝶を出現させる。


「フェアーリル、念の為警戒をお願いね」


 カリナ姉さんに周囲の警戒を頼まれたフェアーリルは羽を羽ばたかせ飛び立つと、その羽の軌跡の残像を残す様分裂して散開する。


「さぁ、お昼ご飯にしましょうか!」


 分裂し、どこかへ飛んでいくフェアーリルを見送ると、カリナ姉さんは昼食の提案をし、準備を始める。



「今日のお弁当は私が作ったのよ!」


 大きな桜の木の根に並ぶ様に腰をかけ、お弁当を取り出すカリナ姉さんは「フフンッ」と自慢げにそう言うカリナ姉さんに僕は少し苦笑いする。


 そんな自慢げなカリナ姉さんが用意してくれたお弁当の中身は、黒パンに葉物野菜とベーコンを炒めた付け合わせというシンプルなものだった。

 

 少し話はそれるが、この世界に転生してからというもの白パンを食べたことがない。黒パンは麦から作ったサワードウで発酵されているからか、酸味が口の中に残る。偶に黒パンの様なパンを食べてみる分には良いのだが、毎日の様にこれが続くと、白パンの味と食感が常だった僕には辛いものがある。自分で対処できない面倒事を起こさない様にすること、そしてまだ幼さなすぎる故に自重しているが、最近は「将来絶対に天然酵母を自作して白パンを作ってみせる」と密かに燃えている。


 そんなナイフで薄く切った黒パンに、付け合わせを挟んだサンドイッチをカリナ姉さんが手渡してくる。


「おいしい・・・・・・」


 本当に美味しかった。

 それぞれが主張しすぎて美味しくは混ざらないであろう黒パンの酸味とベーコンの塩味を、肉厚な葉物野菜の水分と食感がうまくが仲介してくれている。そしてシンプル故に、その素材同士が引き高めあっている様を、舌で明確に感じ取ることができる。

 更に外で食べているからだろうか。風が運ぶマイナスイオンと花の香りが口に残る酸味と塩味の後味を綺麗に締め、食後により一層の充足感をもたらしてくれた。


 手渡したサンドイッチを僕が口に運んだ後についた言葉に、「当然ッ」と言いたげに胸を張るカリナ姉さんだが、その顔は少しだけ照れた様に頬が赤みを帯びていた。



「カリナ姉さんはよくこの場所に来るの?」


 食事を終え、しばらくそのまま腰をかけて目の前に広がる花畑と湖を眺めていた僕はふと尋ねる。


「ううん。スクールもあるし、春にしかここの花は咲かないから滅多に来ないかな・・・・・・」


 その質問に対して少し寂しそうに否定するカリナ姉さん。しかし ──


「まだ誰にも教えたことがないんだから!リアムだけは特別よ?」


「だから二人だけの秘密ね!」とこちらに相好を崩すカリナ姉さんに、少しだけドキッとしたことは僕だけの秘密だ。

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