狡猾なる賭け
@JULIA_JULIA
第一の勝負
午前の授業が終わり、俺は食堂へと足を運んでいた。正午までは、まだ時間がある。今のうちに昼食を済ませておこう、この時間帯なら空いている筈だから。大学の食堂はかなり広いが、生徒もかなり多い。混み合う中での食事はできるなら避けたい。そんな考えから、この曜日は早めに昼食を摂ることにしている。
十一時を過ぎた頃、食堂に到着。席は充分に空いている。とはいえ、そこそこに埋まってもいる。なんだか、いつもよりも人が多くいるように感じる。その後、豚の生姜焼き定食を手に食堂内を
「やぁ。ここ、イイかな?」
スラリした長身と、うなじを隠す程度の短めの髪を持つ女性。俺と同じ三年生の
「あぁ」
俺が許可を出すと、
「ちょっと待ってよ。なにか用事でもあるの?」
「いや、別に」
午後の授業があと一コマあるが、それまでには随分と時間がある。よって、今すぐに用事などはない。
「だったら、もう少しイイよね?」
「ん、あぁ・・・」
中途半端に浮かせていた腰を再び下ろし、またも雑談に興じる。そうして
「最近ギャンブルに興味があってね」
その言葉は意外なモノだった。
「でもね、いざやろうと思うと踏ん切りがつかないっていうか。自分のギャンブル運がどのくらいなのかを知ってみたいんだ」
ギャンブル運───そんな言葉が
「だからそれを確かめるために、ちょっと手伝いをしてくれないかな?」
「手伝い?」
「うん、手伝い」
そう言うと
「ポーカーって知ってるかい? それをして欲しいんだけど」
小箱を片手に、
「それくらい知ってるよ・・・。あ、でも詳しくは分からないぞ」
ポーカーと一口に言っても、その種類は様々だ。色々と違いがあり、その差異については、よく知らない。
「あー・・・。えっとね、最初に手札を五枚ずつ持って、そこから手札を何回か交換していくヤツなんだけど」
「一般的なヤツだな。それなら大丈夫だ」
「そう? じゃあ、『手伝ってくれる』ってことでイイのかな?」
「あぁ、それくらいなら構わないさ」
すると
「それじゃあ、なにを賭けようか?」
「え・・・?」
頬杖を突きながら俺のシャッフルを眺めていた
「・・・なにか、賭けるのか?」
「そりゃあ、そうだよ。ワタシのギャンブル運を確かめるためなんだから。ただポーカーをしても、意味がないよね?」
「まぁ、そうだけど・・・」
賭けると言っても、なにを賭ければイイのだろうか。現金だと生々し過ぎる気がするし、物を賭けようにも今は大した物を持ってはいない。いや、大した物を賭けるつもりなんて、全くないのだが。
「別になんでもイイよ。あ、『なんでも』は流石にダメだね。それなりのモノを賭けてくれないと。例えば、ケーキを奢ってくれるとか」
そう言いながら、
「なにしてるんだ?」
「賭けるモノを書いておくための紙だよ」
破った紙を更に半分に破り、自分のバッグから二本のボールペンを取り出した
「あとで決めたらダメなのか?」
「ダメダメ。ちゃんと賭けるモノを決めておいて、そこから勝負をするんだよ。そういう形式を守らないと、キチンとしたギャンブル運を確かめられないからね」
「はぁ・・・」
そういうモノなのだろうか、しかしまぁイイだろう。シャッフルを終え、トランプの束をテーブルに置いて、紙とボールペンを取る。すると
「見えないように書いてね」
「なんで?」
テーブルの上で大っぴらに記入しようとしていた俺は手を止め、
「楽しみに取っておきたいから」
おいおい、既に『勝者気取り』とは恐れ入る。
まぁともかく、そんな
単に『ケーキ』と書いたところで、どこのどんなケーキなのかが分からない。コンビニで売っている手頃なケーキもケーキだし、高級店のケーキもケーキである。切り分けたケーキもケーキだし、ホールケーキもケーキである。よって、あまりにも曖昧すぎる気がする。
仮にこのままでも俺が勝てば問題はない。しかし負けた場合はどうだろうか。
そうして書き上がった内容は───この大学の近くにあり、それなりに評判は良いが、決して高級店ではないケーキ屋の店名。それと、『既に切り分けられているケーキを二つ』ということを示す文言。
ケーキの種類までは書いていないが、それはまぁ良いだろう。そこまで限定しては申し訳ない。
書き終えた文言の最終確認を済ませて顔を上げると、
「俺も見たらダメなのか?」
「もちろん」
ニコリと笑った
「トランプの束から一枚ずつ取っていって、それぞれの手札が五枚になったら、勝負開始。手札の交換は最大二回まで。同じ役の場合は引き分けで、再戦。それを勝者が決まるまで続ける───ってことでイイ?」
「あぁ」
「あ、それと! 『紙に書いた、賭けるモノ』は必ず勝者に譲ること。あとからゴネたり、言い訳はナシ。既に持っているモノなら速やかに譲る。まだ持っていないモノなら、できる限り迅速に用意して、勝者に譲る。・・・イイ?」
「あぁ」
妙に丁寧に念を押してきた
よくよく考えてみれば、出だしから可笑しかった。
そういえば俺が『賭けるモノ』に迷ったとき、
俺は最初、単に『ケーキ』と書いていた。迂闊にも書いていた。もしかしたら俺が予想したとおり、
「どっちからにする?」
やはりニコリと笑って訊いてきた
「・・・イカサマとか、しないよな?」
「え? イカサマ? なんのために・・・?」
「ワタシ、言ったよね? 『ギャンブル運を確かめたい』って。それなのに、どうしてイカサマをする必要があるの?」
「あ、うん・・・。そうだな・・・」
そこで俺は思い出す。
「で? どっちからにする?」
「じゃあ、俺からで」
そうして互いに五枚の手札を揃え、勝負開始となった。念のために手の中に隠すようにしている俺の手札は、いわゆるハイカード。別名は、『役ナシ』や『ブタ』。更には数字の並びやマークの揃いも悪く、ストレートやフラッシュを狙うのも厳しい。さて、どうしようか。
とりあえずキングがあるので、その一枚は残すとして・・・。いや、待てよ。『同じ役の場合は引き分け』というルールだったな。となると、一枚一枚のカードの強さは関係ないワケだ。だったらキングを残す必要なんてない。よって俺は五枚全てを交換することにした。
「えっ!? 全部替えるの?」
「そうだよ」
なんだかイヤな予感がした。
ヨシッ!!
俺が心の中で喜び勇む中、
「念のために訊くけど、役の種類とか強さは知ってるのか?」
「当たり前じゃないか、バカにしないでくれるかな。そんなことも知らないでポーカーをしたりしないよ。ちゃんと調べたから知ってるよ」
「そうか・・・」
わざわざ調べなければならないくらいに知らなかったようだ。そんなことで俺に勝てるのだろうか。いや、別に俺はポーカー名人ではないけれど・・・。
さて、どうやら
その後、
「・・・ワンペア」
自身の手札を
「・・・ん?」
俺の頭の中には、いくつものクエスチョンマーク。いまいち状況が飲み込めない。なぜなら
「いや~、負けちゃったね。どうやらワタシには、ギャンブル運はないみたいだ」
「・・・いや、ちょっと待て。どういうことだ? なんでバラバラなんだよ?」
「へぇ~。そうなの?」
と、あまりにも『あっけらかん』と答えた。なんなのだろうか、
「とにかくさぁ、ワタシの負けだから。それ、見てよ」
『ワタシとキミの子供』
「さてと・・・。じゃあ、用意しないとね」
「・・・は、はぁ?」
「ワタシ、言ったよね。『まだ持っていないモノなら、できる限り迅速に用意して、勝者に譲る』って。だから、急いで用意しないと」
「え? え?」
俺が変わらず戸惑う中、
「子作り、しよ」
狡猾なる賭け @JULIA_JULIA
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