満月の夜の願いと呪いの痣
山野小雪
第1話 満月には不思議な力があるという
――時は昭和の初め。
空には満月が浮かんでいた。
私と良太は山道を無言で歩き続けた。お互いに手をしっかりと握りあっていた。
私の名前は節子。
華族の娘で、良太は屋敷の使用人だ。
だけど幼少のころから仲よく過ごしていた。こっそりと恋仲になっても結ばれるはずもなく、この度私には絶対に断ることができない縁談話が舞い込んだ。
「こっちです。節子様」
道は少しばかりの傾斜があった。
良太は私の手を引く。鬱蒼と茂った木々の下を私たちは歩き続ける。
「着きましたよ」
私たちが到着したのは切り立った崖の上だった。断崖絶壁で耳をすませば波の音が聞こえる。地元では『自殺の名所』とさえ言われている場所である。
崖の下を覗き込んでみたが恐怖は感じなかった。はっきりとは見えないが月明かりに照らされた海面は神秘的であった。崖下まで50メートル以上あるらしく飛び降りたらまず助からないと言われている。
「本当にいいのですか? 今ならまだ」
「もう決めたことだから」
良家の男性と結婚し家を守ることが私の使命だ。小さい頃から言い聞かされていたから充分に理解している。
この縁談話を良太に伝えた時、良太は屋敷から離れると言った。今までの関係が間違っていただけだと謝り、私に何度も縁談を受けるように強く勧めてきた。
どんなに説得しても首を振らない私を見て、一緒に死にますか、などと冗談めいたことを呟いた時、私はその言葉に飛びついた。
もし良太と離れたら――、とそう思うだけで気が狂いそうになる。
そして私たちは死を選ぶことにしたのだ。
「怖くないですか?」
「大丈夫」
この崖の上から飛び込めば確実に死ねる。
良太と一緒なら怖いものなど何もない。
意に染まぬ結婚をする事は耐えられない。二人で逃げることも考えたが、家名に泥を塗ることになる上に逃げ切れることはできないだろう。連れ戻され、私たちは引き離される。良太がどんな罪になるのか考えたくもない。
私たちが結ばれることは絶対にないのだ。
ならば来世で結ばれようという結論に達した。
「ずっと一緒にいたいから。約束して」
「はい」
私は手提げカバンから用意していた縄を取り出した。
良太は頷きながら、私の右手首と自分の左手首を縄で固く縛った。落ちる時の衝撃で、離れ離れになることを防ぐためだ。どんなことがあっても離れたくない。
背後からは風が吹き付けてくる。
「また逢えるよね」
「逢えますよ。ほら見てください。そのために今夜を選んだのですから」
良太は頭上に輝く月を見やる。
月には古来から語り継がれてきた魔力があるという。特に満月の夜は願いを掛ければ成就するという。
心中するという選択した私たちは、未来に運命を託した。
良太と抱き合う格好でここから身を投げるのだ。
『来世では、同じ場所に、同じ身分で生まれますように』、と。
『来世では必ず結ばれますように』、と。
――私たちは満月の夜に願いを託した。
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