第6話

 携帯の音を消している間に山盛りの通知が来ていたので『また飲み会で話そう。今週末は向こうの親御さんに会うので、それ以降で頼みます』などと送って、お祝いメッセージの乱舞をもらった後日。

 凛子さんが用意してくれた美味しい居酒屋に到着すると、俺は早速仲間に囲まれていた。

 

「金ちゃん、飲もう。で、素直に説明しよう。交際ゼロ日で結婚って何!?」

 

「親に挨拶まで済ましたんでしょ、どうだったん?」

 

「順調にお話しできました」

 

 いや、本当に正直、想像していたよりも温かく迎えてもらえた。

 お家は割と大きく、ご両親はしっかりされていた。お父様は大学教授で、お母様は主婦だった。鈴華さんにはお兄様が二人いるらしい。

 研究職になりたい鈴華さんは、初めて聞いたが有名な大学に通っていた。それは卒業するだけでいいとお母様も言うだろう。全然知らなかった。

 

 可愛い娘に結婚するまで虫がつかないようにと願っていらっしゃったお父様だが、出来る限りしっかり対応したところ、拗ねながらも許してもらえた。

 

「婚前交渉だけは許さんぞ」

 

「お父さんっ!」

 

 慌てて鈴華さんが口を押さえていたが、親子で仲がいいのもわかって面白かった。

 

「彼女が望んだ道に進み、結婚するまでは清い交際を続けようと考えているので、安心していただければと思います」

 

「口だけじゃないのか」

 

「二年後に三十になるんですが、ここまで来たらもう魔法使いになりたいという夢は持っているので、少なくともあと二年は何もないです」

 

 正直に言ったらお父様は目を泳がせたが、納得していただけた。お母様は「魔法使い?」と鈴華さんに聞いていたが、彼女は真っ赤になって何も言えなくなっていた。意味は知っているらしい。

 

 とまあ、俺も割と自由に振る舞ったが、別に問題もなく、婚姻届も冗談みたいなものではあるが正式な書類なので、金庫に仕舞って保管していただけるということだった。

 

「そろそろ結婚しなさいと思ったら出してやろう」

 

 それまでは最後の関門になると張り切っているお父様が悪役みたいに笑っていたので、面白い人だな、と思った。鈴華さんだけは恥ずかしがって縮こまっていた。

 

「というわけで。俺もそのうち結婚するかもしれないから、玉城も安心して結婚しろよ。

 婚姻届もお前の話があったから、思い切って書いたんだからな」

 

 生ビールを飲みながら、改めて小学校からの友人に顔を向けた。

 今日は仲間内で飲み会があるし、普通に飲んでくるので車は出せないと伝えてある。鈴華さんも「行ってらっしゃい、楽しんできてください」と笑顔のマークを送ってもらえたので、家にいるだろう。

 

 玉城と二人で枝豆をつまんだが、普通、彼氏彼女になる前に婚姻届を突き出されたら、引くと思う。

 そうならずに『書いた方が面白い』と思えたのは、玉城と凛子さんの話があったからだ。

 俺の結婚が決まるまでは凛子さんを待たせても結婚しないと縛りプレイをしているなら早く安心させてやろうと思ったが、うまくいったらしい。

 

「無事に結婚式場の見学会が、毎週末入るようになったってのぉ」

 

「マジかよ。おめでとう」

 

「日取りとか決まったらみんなにも招待状出すし、余興もお願いするから芸を磨いておいてね」

 

「凛子さんに恥かかせられなくね? どうする、歌でも歌う?」

 

「楽器出来るやついたっけ」

 

 話は次から次に変わっていくから面白い。

 今日はお祝いとして飲み代が無料になった。二次会もカラオケで歌ったが、余興の練習なんてさせられて笑った。

 

「金太郎もついに彼女持ちかあ」

 

「むしろ嫁?」

 

「今度連れてきてよ、金ちゃん。会いたいなー、鈴華ちゃんの写真見たけど可愛い子だったね」

 

 実は一度会っているが、当時はおっさんこと俺が勝手に名付けた島瀬さんなので、気づいていないだろう。

 

「話しておく。写真の通り可憐な女子大生だから、あんまり構うと二度と来なくなるかも」

 

「どこで出会ったん? 正直、女子大生と出会いの場所なくない? ゲーセン?」

 

「ゲーセン。猛者同士で認め合った」

 

 ということにしておこう。出会いは違うが、お互いに趣味が合うと認め合ったのは事実だ。

 本人が正直に「男性の格好で過ごしていて出会いました」と言うのなら、その時にまた話せばいいことだ。

 

 こうして仲間にもいずれ紹介された鈴華さんは、玉城と凛子さんの結婚式にも一緒に出た。

 華やかな会場では演目の一つとして定番のブーケトスが案内されて、未婚の男女が一堂に集められた。

 綺麗なウエディングドレス姿の凛子さんが後ろを向いて、今日はタキシードで決めた玉城が仲間を盛り上げている。

 

『受け取った人が次に結婚出来る、そんな言い伝えもある花嫁のブーケです。どうぞ受け取りやすいように、皆様一歩前へお越しください。……準備はよろしいですか? ではご新婦さま、ブーケトス、お願いいたします!』

 

 ドラムロールに合わせて高く放り投げられた凛子さんのブーケを、友人知人が我先にと追う。

 しかし花嫁は肩が予想外に強く、なんと遠慮して後ろの方で動けずにいた鈴華さんがブーケを受け取れたのだった。

 

『おめでとうございます、次の花嫁に盛大な拍手を!』

 

 盛り上がる会場でまとめ髪にパーティドレスの彼女は焦って狼狽えていたが、仲間たちは惜しまず盛大に拍手や指笛をくれる。

 

「凛子スッゲー、次はやっぱり金太郎だってよ!」

 

「結婚式楽しみにしてるからね、鈴華ちゃん。絶対に呼んでね」

 

「は、っ、はいっ!」

 

 注目と温かな拍手に包まれながら、ブーケを受け取った鈴華さんと一緒に、次に結婚予定のカップルとして写真を撮ってもらった。

 ブーケトスを受け取れたことに感激して真っ赤になった鈴華さんが、大切に花を胸に抱えて俺を見上げた。

 

「金太郎さん」

 

「ん?」

 

「私、金太郎さんと出会えて良かったです」

 

 黒髪をまとめ髪にした可憐な彼女の、照れたような可愛らしい笑顔に、俺まで赤くなって冷やかされてしまった。

 

 終電を一緒に逃したおっさんが、実は特殊メイクをした女子だった件について。

 彼氏彼女として、将来の夫婦として、俺たちは今日も仲良くやっている。

 

 

 おしまい。

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