第4話
今度は数ヶ月たち、季節が秋になりそうな頃。
三ツ谷さんから『今晩一緒に遊びに行けませんか、急ですがお誘いしてもいいですか』と連絡があった。
『いいよ。場所は?』
時刻は夜八時。知っている店だったのですぐに向かったが、今日は女性の格好の三ツ谷さんと出会った。
待ち合わせをしていた場所では随分と暗い顔をしていて、思い詰めた様子に見えた。
「こんな時間にすみません」
「誘ってって言ったの俺だから。好きなのやりに行こっか」
促すと、すぐさま三ツ谷さんは筐体に向かい、ゲームを始めた。
ストレスが溜まった時に俺も大物を落としたり、積み上げられたものを崩したりするとスッキリする。
真剣に何度もプレイしているのを見ながら、彼女の気が晴れるまで付き合った。
巨大なクマのぬいぐるみを落としてようやく、彼女はやり切ったように息を吐き、取り出した人形を抱きしめた。
「スッキリしました」
「俺も見応えあって楽しかった。誘ってくれてありがとね」
猛者の動きはやはり見ているだけで楽しい。三ツ谷さんが教えてくれた動画も見たが、ますます腕が上達した気分でよかったと伝えた。
「気が済んだならもう遅いし帰る? 駅まで送っていくよ」
「……すみません、お願いします」
大物も持っているので、一緒に車に乗り込んだ。
車内では、助手席でぎゅっとぬいぐるみを抱いている彼女が赤信号を見て、ため息を吐いた。
「金太郎さんは、どうして今のお仕事を選びましたか?」
二十歳、今は大学三年生らしい。
進路の話をずっと親にしているのに、上手くいかない雰囲気は伝わってきている。
俺はあまり参考にならないだろうが、話したからといって悪いこともない。
「俺はただ安定してるからって理由で選んだかな」
がっかりされるのもわかっているが、正直な話だ。
「やりたい仕事があるわけでもなく、友達と遊ぶ時間も欲しかったから、福利厚生がきちんとしてそうな会社を選んで就職したよ。
夢を持って働きに出たとか、立派なことは何もない。ただ生きるのに仕事しなきゃな、って探して今の会社に入った」
もちろん、やる気を持って会社に勤めている社員もいれば、俺みたいになんとなくで続けている人もいる。
ただ会社に不満もないし、楽しくやらせてもらっているとは思っている。会社に入ってから『好き』を見つけた、なんて言っていたやつもいた。
「やりたいことがあっても応援してくれなくて困ってるの?」
「……研究職につきたいんです」
話してくれる内容に耳を傾けながら、車を走らせる。
「教授の研究テーマに憧れて入った大学で。院に進みたいんですけど、許してくれなくて。
……お金も自分で用意するって言っても、大学卒業だけしておけば十分だから、帰ってきて結婚しなさいとか言われて。実家に帰るたびに、お見合いの写真ばっかり見せてくるんです。今度会いなさいとか言われて、もうやだって逃げてきて」
行きたい先があるのに親に反対されているのかと思いきや、もっと深い話が出てきた。
「お金は自分で用意するって、アルバイトしてるの?」
ゲームセンターでクレーンゲームを遊ぶと、正直結構な額が飛ぶことがある。売って次の軍資金にしているのならわかるのだが、そうでないのなら、働いていないと用意できないだろう。
「株式投資で、雪だるま式に。お年玉を元手に転がして、儲かった分だけでまた転がして、って増やしました」
想像していたよりも現代で凄かった。今やスマホひとつで稼げる時代らしい。
「若い子は凄いなあ」
感心したが、それでも親の反対を受けている三ツ谷さんはクマのぬいぐるみに顔を埋めている。
大人として何が言えるのか、なんて大袈裟なことが考えられるほど、社会経験を積んでいるわけではない。
ただ夢があり、葛藤しているのは凄いと、何もなくただ生きられればいいや、なんて曖昧だった自分では思える。
「三ツ谷さんはもう成人しているわけだ」
初めて出会った時に免許証を確認したが、二十歳。
今や十八歳で成人だと年齢が下がったくらいだから、成人して二年、なんてことになる。
なら未成年だから親に保護されていないといけない、なんてこともないと思っている。
「結婚も就職も、何もかも自分で決められる年齢になってる。アパートを借りるのも一人で借りられる。
親がどうして反対しているのかを聞いて考えて、それでも自分で進みたい道があるのなら、協力を得られなくても出来るだけの貯金もあるのなら、一人でやりきって子供の自分から脱出するのもありじゃないかな」
駅に到着したので車を停めてから、ぬいぐるみに顎を埋めて考えている三ツ谷さんに笑った。
「好きでやりたいことがあるのは羨ましいよ。……迷うようなことを言うかもしれないけど、諦めるのが嫌でずっと悶々としてるくらいなら、もう大人として一人で道は決められるって、足踏ん張ってみてもいいんじゃない?
流されて生きてるおじさんに言われても、響かないかもしれないけどね」
終電が近いのを時計を見て確認したが、三ツ谷さんは泣きそうになりながらこちらを見ている。
「大人なんですね、金太郎さん。親みたい」
「そりゃあ三ツ谷さんが小学生の時に、俺はすでに酒も飲める大人だからね」
八歳しか差はないが、そう換算すると大きな差が出てくるのが面白かった。彼女も考えたらしく、笑って熊に顔を埋めた。
「参考にします。……今日はありがとうございました」
「大人にモヤモヤしたなら、もう一軒ゲームセンター行く?」
「これ以上はやめておきます。……逆にスッキリしちゃった。家でお母さんを説得出来る方法を考えます。
またメッセージ送りますから、遊んでくださいね」
危なげなさそうに笑い、熊を抱き締める三ツ谷さんを見送る。
確かに何か吹っ切れたような様子で、意気揚々と大きなクマを連れて帰っていくので、その後ろ姿が面白かった。
家に帰って寝る準備をしていると、スマホが鳴った。
礼儀正しい御礼のメッセージに『こちらこそ。おやすみ』だけ送って、俺も寝た。
それから一ヶ月は経った。
地元の友人たちと以前開拓した居酒屋で飲み会をしていると、玉城が枝豆を咥えながら俺を見つめた。
「金太郎さあ、彼女とどうなったん? 進展あった?」
「あの金ちゃんが彼女出来そう、なんて玉城が言っててさ。今日も車移動でソフトドリンクだし、駆けつけたい彼女でもいるんじゃないかって思ってたんだけど、違うの?」
変に盛り上がられて、ゲンナリした。口を曲げても分かるような友人たちでもない。
「彼女じゃないって。いらないし。魔法使いに転職出来るまであと二年、慎ましく過ごす予定だから何もない」
「金太郎が結婚するまで凛子と結婚できない縛りしてるから、早く結婚してくれよー。俺も応援してるからさっ」
「だぁから、なんだよその誓い。早く捨ててくれって言ってるのに」
玉城は凛子さんと付き合って早くも十年近くになるが、結婚しないのは俺が関わっていると言って憚らない。
かといって結婚する気がない訳ではなく、凛子さんのご両親との関係も良好だし、半同棲みたいなこともしている。二人で結婚式の貯金をしている、なんて話を聞いて、ひとしきり皆で揶揄ったこともある。
やけに俺の相手作りにこだわるが、それはこいつが悪い奴ではないからなのだ。
「中学生でまだ初々しかった金太郎に、美海紹介したの俺だから責任感じてるの。せめて彼女が出来たらと思ってるから、聞いてるんだよー」
「そういうことだから早くしてね、金ちゃん。私も親に急かされ始めたから。翔吾が甲斐性なしって認定され始めてる」
「責任重すぎますってぇ」
ご夫婦の将来の領域にまで踏み込まされているとは参ってしまう。
とにかく何もないし、俺はさらに賢者にまで転職する予定だから早く結婚してくれと頼んだ。
三ツ谷さんの話も出たから一応携帯を見たが、特に新しいメッセージはない。
不満解消のために深夜でもクレーンゲームを楽しみに行く三ツ谷さんだ。便りがないのは元気な証拠、なんて思っているから、俺からも連絡はしない。
同じ趣味の同士が困っているのならと思って交換した連絡先だから、登録もいずれ用が無くなればお互いに削除するような間柄だと、割り切っている。
「金ちゃんの彼女って鈴華ちゃんって言うの!?」
「だから違うって。勝手に見るな」
また変に盛り上がったが、逆にもはやひと月経っても連絡もないのを見せつけてやった。全員納得してくれた。
「ところで美海って誰なの、翔吾」
恐ろしい顔で凛子さんが睨みつけるのを見て、全員が驚いた。てっきり周知の事実だと思っていた。
「あれ、凛子ちゃん知らないの!?」
「一個上だから知らないんじゃね? ちょうど俺ら中三じゃなかったっけ」
「玉城が美海っていう他校の可愛い女の子に手を出してたら、『他の男の子紹介して? そしたらお友達にお話聞いて、ショーゴくんのこと好きになれるかも』って言われて、ワンチャン狙いで紹介されたのが俺です」
全部終わった後に玉城に白状された時の何とも言えない気持ちも、もはや薄れている。
素直に言ってやると、凛子さんの綺麗なチョークスリーパーが玉城に入っている。美海を紹介されたのは凛子さんと付き合う前の話なのだが。現在も愛してやまないフィギュア相手には妬かない凛子さんも、他校の可愛い女の子の話は許せないらしい。
「おっぱいでかい子だったよなあ。派手目の可愛い子だったけど、最初金ちゃんにべったりだったし『彼女だよー』とか甘えて腕組んで言ってたのに、次の男出来たら『えー彼氏だった覚えないんだけどー』とか言い出す感じ」
「浮気現場に俺ら全員遭遇して、『私、かずくん一筋なのにこの人たち誰!? ヒドォイ、早く行こっ』とか、一緒にいた俺らも凍りましたよ」
「翔吾、そんなのと付き合ってたの!?」
「許して、凛子……っ、しぬ。まじで」
「というわけで、俺の彼女いない歴は年齢と同じです。凛子さんくらい、いい人と出会いたかったんですけど。俺の初彼女? の思い出はそれなんで。紹介した玉城がいまだに後悔してるらしいってことで」
首から腕は離れたが、代わりに凛子さんに抱きしめてもらえた。お詫びがすごい。
「友達紹介してあげるよ、金ちゃん。いい子いるよ」
「もうその言葉すら嫌な予感しかしないんで、いいです。俺、凛子さんがいいなあ」
「ごめん、翔吾専用だわ」
こういう純愛を貫けるところがいいのだと、仲間と大笑いした。
「まあ、もう気にもしてないですし。そのうち欲しくなったらお見合いアプリでなんとかするんで、早く結婚してください」
「翔吾と凛子ちゃんの結婚に向けてぇ、乾杯っ」
乾杯の音頭に合わせて高くソフトドリンクの器を掲げて飲んだ。
いまだに後悔しているらしい玉城が首を撫でているのを見て、被害者らしい俺ももう気にしていないのにと、いつも義理堅さに笑ってしまう。
「美海のことなんて忘れたって言ったのに。気にせず早く結婚してくれよ」
「お前が結婚するまで、の誓いは絶対なの。少なくとも三十までは待つ。凛子パパに怒られたら突然招待状送りつけるかもだけどな」
「やっべ、サプライズが楽しみ」
玉城とも改めてそう笑いあったが、気の合う友人とその彼女だ。本気で早く実現すれば良いと思っている。
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