第3話
季節が夏へ変わった頃だった。
「いい店だったぁー。凛子さん見つけるの上手っすよね」
新しい居酒屋を試したい、なんて理由で開催された友人との飲み会に参加して、美味い酒と肴に満足し、カラオケの二次会に付き合えと連れて行かれる最中だった。
「先にゲームセンター行きたいな。金ちゃんクレーンゲーム上手なんでしょ?」
玉城の彼女でしっかり者の凛子さんが、近くにあったゲームセンターを指した。すでに泥酔しているような玉城が彼女をバックハグしたが、腕をつねられている。
「自分でやると金太郎の上手さがよく分かるんだよなぁ。おつまみ欲しい、金太郎ー」
「酔ってるんで手元狂うぞ、多分。百円の品が千円になってもいいなら行くか?」
すでに酒も入った午後十時。陽気に全員で移動し、店内で何が欲しいと相談し合った。
ぐるりと回って新作だのなんだの騒ぐのを聞きながら、自分達以外にも集団がいるのに気づいた。
「おじさん上手じゃーん。次これ取ってよ」
「おい見ろよ、アプリで一万で落とされてるぜ?! もらっていいよね?」
何やら気弱そうなサラリーマンが、若くやんちゃそうな集団に囲まれている。
ボストンバッグを斜めにかけて、少し俯きがちで、今日の景品を漁られても微動だに出来ずにいる。
少し震えている様子から、怖くて離れたいだろうに、囲まれているから移動も出来ないのだと判断した。
「あれ、島瀬さーん。早いっすね、もう来てたんすかぁ?」
酔っぱらいらしく大声で呼びかけると、集団が一斉にこちらを振り向いたので、見たことのある顔のおっさんに近づく。
「おい見ろよ玉城、お前の嫁もこの店にいるみたいだぞ」
「うわ、まじ!? 店舗限定のマホタンじゃーんっ、まだいたの!?」
あからさまに年齢も上で人数も多い社会人集団が近づいてきて、遠慮なく玉城が同じ袋を漁るから、先ほどの若い集団が気を削がれて離れていった。まだ景品を漁っている玉城の首根っこを引っ張り、咄嗟に名付けた『島瀬さん』に笑いかけた。
「島瀬さん、よかったら一緒に周りません? マホタンの場所教えてくださいよ、自力で取りますんで」
「お願いしまっす!」
玉城は気付いていないが、三ツ谷さんは会ったことのある二人だと気づいて安心してはくれたらしく、なんとか頷いてくれたので、荷物をまとめて一緒に筐体に移動した。
最後の二個になっているマホタンを難なく取り、酔っぱらいの集団が興奮して騒ぐのをいなした。玉城が叫び、まるでサッカーでゴールを決めたような姿になって注目を集めていた。
「島瀬さん、まだ遊ぶなら付き合いますけど、どうします?」
新しい集団に萎縮しているような三ツ谷さんが俯きがちなので、大騒ぎする友人たちを尻目にそう尋ねた。
小さく首を横に振ったので「気をつけて帰ってね」とだけ伝えて別れた。
「あれ、しまっちは?」
「帰った。はい次おやつコーナー」
カラオケのおつまみだのアイスだのをねだられて取り、店を出る。
二次会の会場では、凛子さんが玉城にマホタンを見せてもらっていた。
「嫁いつも取らされるんですけど、愛人が他に何人もいる男はどうなんすか、凛子さん」
「人間に浮気されるよりマシかなって思ってる。おっぱい好きだよね、この男。フィギュアも爆乳じゃない」
「三次元の嫁は凛子だけだぜ。バキューン」
「よし、割ってやろうかな」
胸を銃で打つような玉城の仕草に神経を逆撫でされたらしく、凛子さんが立ち上がってフィギュアを高く掲げたのを見て、慌てて謝っていて面白かった。
後日、三ツ谷さんとはいつも練習に行くゲームセンターで出会った。
両替機で種銭を仕込み、今日はどれにしようかとブラブラ歩いていると、突然背中を引かれて驚いた。
振り返ると、今日はおっさんではなく可愛らしい服装の三谷さんが決意したように立っている。
「あれ。珍しい」
「あ、あ、あの、先日は、いえ、先日も、ありがとうございましたっ」
「どういたしまして。ちゃんと帰れた?」
夜間に女性一人で歩き回るのが危険だから変装していたはずなのに、若い男性の集団に絡まれて驚いたことだろう。尋ねると、三ツ谷さんは大きく頷いている。
「何ごともなく、無事に、家に帰れました。金太郎さんに助けていただいたお陰です」
礼儀正しくお辞儀をする三ツ谷さんに大したことはしていないと言ったが、ますます恐縮されて笑ってしまった。
「……あ。もしかして、わざわざ探しに来てくれた?」
アパート近くの駅で別れたから、俺が普段遊びに行くゲームセンターがわかったのだろう。
いつも見ない場所にいることからそう尋ねたが、彼女は恥ずかしそうに赤くなった後、頷いた。
「助けていただいたのに、お礼も言えずにいたので」
「いいのに。逆に酔っぱらい集団で絡んだから、怖がらせてたら悪かったなって、ちょっとだけ思ってたくらいだから」
立ち話もなんなので、ゲームセンター内の休憩コーナーに座った。ジュースを奢るとまた恐縮されたが「俺は社会人のちゃんとしたおじさんなので、もらって」と伝えたら受け取ってくれた。
「まさか、男性の姿でも絡まれるなんて、思っていなくて。どうしよう、って、ずっと怖かったんです」
今までにも何度も、三ツ谷さんは夜遅い時間はあのおっさん姿で動き回っており、絡まれたことがなかったそうだ。
確かにサラリーマンが仕事帰りにクレーンゲームを熱心にしているのを、邪魔しようとは誰も思わなかっただろう。おやじ狩りではないが搾取してやろうと思わなければ、あの若者たちも話しかけもしなかったはずだ。
「気弱そうだから、って理由で囲まれること、あるんだ、って。……驚いて、怖くて。
でも金太郎さんが声をかけてくださって、わざわざ助けてもらえたのに、何も言えずに逃げてしまって」
「さっきも言ったけど大丈夫。それに、お礼の気持ちも今回、わざわざ探しに来てくれたことで伝わってるよ。
そうだ、前回はむしゃくしゃしてる時に着替えて出掛けてるって聞いたけど、親と進路の話でまた揉めちゃったの?」
聞かれたくなければすぐに話を打ち切るだろうと思ったのだが、三ツ谷さんはしばらく何を言おうかと目線を彷徨わせると、瞼を閉じて小さく頷いた。
「やっぱりお母さんと、意見が合わなくて」
それ以上は何も言わないが、きっと今後も夜に遊びに出たくなることもあるだろう。大学生の進路で親とのいざこざなら進学か就職か、とにかく簡単に蹴りがつくような話ではないはずだ。
男性の格好になっても中身は結局、気弱な三ツ谷さんだ。一人でいるのを見られれば、また絡まれることもある気がする。
どうしたものか。
……少々考えはしたが、俺に出来る方法がこれ以上思いつかず、携帯を取り出した。
「便利に使えるクレーンゲーム仲間作らない?」
「えっ」
「会社があるから平日の昼間は無理だけど、夜に出たくなったら当日でも呼び出していいよ。俺も遊びに行くから。
流石に二人で楽しんでるところに近づいてくるやついないだろうし、逃げやすくはなると思うけど、どう?」
女子大生と連絡先の交換なんてしてもいいのかと思ったが、メッセージアプリの連絡先を開いて渡すと、慌てたようにしている。
「でも」
「入れておいて。夜に絡まれてるのを見る方が気になるかな。後で削除していいから」
相変わらず押しに弱い彼女に伝えると、意を決したように自分のスマホに入れ始めた。返してもらった俺の携帯に、新しい友人が出来たと通知が入った。
三ツ谷さんは自分のスマホをじっと見て、目をしばたたかせている。
「松坂さん」
「金太郎でいいよ。友達もみんな名前で呼んでる」
自己紹介しても、大抵名前ばかり覚えられる。彼女もおそらく名前は覚えても苗字は覚えていなかったのだろう、恥ずかしそうに俯いた。
「さーて。せっかく友人になってもらった三ツ谷さんには、金太郎スペシャルに意見もらってもいい? 上手くいかないんだよね」
「えっ」
「試しに一緒に回ってみようか。お互いのレベル見たいと思ってたから。行こう」
誘って立ち上がると、彼女も慌てて立ち上がった。
二人でクレーンゲームを楽しんだが、三ツ谷さんも意外に乗り気で、普段は動画を見て勉強していたり、この動画がいい、なども教えてくれた。
食事は奢ったが相変わらず遠慮しようとするので、金太郎スペシャルに散財した額を言ったら黙って食べてくれた。
「ゲームセンターの継続にお金払ってる気持ちだけど、たまに悔しいんだよなあ」
「失敗続きだと焦りますよね。私も意地になっちゃったやつあります。あ、覚えてますか、箱物なんですけど、あれもマホタンで……」
まさか女子大生を連れ回すようなことになるとは思わなかったが、二軒目も梯子した。
流石に夕方になってきたので、お望みの駅へ送り届けた。
駐車場に車を入れたが降りないのでどうしたのかと思っていたら、携帯に通知が来た音が鳴り響く。
『こうやって、またお誘いしてもいいですか』
隣にいるのに。
しかし勇気を振り絞ったのだろう、メッセージと送り主を見る。
真っ赤になっているのが微笑ましくて、『いいよ』とだけ送った。
返事を見て目を瞬いているのを眺めて、つい笑ってしまう。
「また、お願いします」
「誘ってくれるの待ってる」
しっかり言わないと遠慮しそうだと思ったので伝えると、彼女は恥ずかしそうに頷いて、車を降りた。
「ありがとうございました」
「こちらこそ。気をつけて帰ってね」
何度も振り向いては手を振る三ツ谷さんと別れて、景品と家に帰った。
遊んでいる途中に見かけたが、彼女は欲しがる子供に呼びかけてプライズをあげていた。
大喜びの子供と、遠慮する母親に笑顔で「取りたかっただけなので」と伝えているのを眺めて、おっさんがスケッチブックに書いていたことは本当だったのか、なるほど女性なら話しかけやすいかと納得した。
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