第2話
そんな出会いから一月経ったか経たないか、くらいの頃。
地元の友人と近所のゲームセンターを回ることになった。
フィギュアが欲しいがクレーンゲームの腕がないので取れない、一緒に来てくれ、と援軍を頼まれた。
しかし行く店行く店、全てで目的の景品が空っぽにされている。
田舎は入荷数も少なければ、最近ならではの転売なんて事情も関連している。全国どこでも手に入りさえすれば売れるから、有名なゲームのプライズは根こそぎやられていた。
「新作もう空にされてるとかマジかよぉ。お前連れて行けば取れると思ってたのに」
「まあまあ、次が穴場だから。店員ちゃんがやる気ないから十二時からしか新作入らないし、聞いたら出してくれるとこだから」
クレーンゲームが好きな店主が作った店だが、いかんせんアルバイトの気力がない。絶妙な台設定のせいで取りづらいためか、店員が何度も呼ばれるため嫌がって在庫が倉庫に隠されている。さらに捕まえたとしても面倒そうに対応されるので人気もないが、その分景品が残っていることでは有名だ。
今日は友人が車を出すのでナビをしながら調べたが、検索結果にも入荷予定の店に名前は挙がっている。きっとまだあるだろう。
「俺の可愛い魔法少女ちゃん、急ぐからお願い、待っててっ」
「興奮して事故らないでくれよ。警察の事情聴取なんて受けてたら、余計に到着が遅くなるぞ」
冷静に伝えたら、元々ちょっとヤンチャだった友人は、大人しく運転してくれた。
無事に到着した店にはまだ在庫が残っていて、すんなり取れた。興奮した友人が絶叫したが、景品ゲットの雄叫びはよくあることなので、一度注目されたら誰も触れはしなかった。
「最高。持つべきものは猛者の友。次こっちね」
箱を抱きしめている友人に別の筐体を示されたが、到着した頃にはすでに他の女性がプレイしている。
二人で順番を待ちがてら、見守った。
長い黒髪の、可愛い女性だ。
慣れたような手捌きに真剣な姿を見守ったが、ずらし方が胴に入っている。
箱を最後に爪で押し込み、無事にゲットしたのを見て、女性は小さくガッツポーズをしていた。
「うめえー。女の子でもやるんだ」
「それ偏見。結構いるよ。俺もあの子に技教えてもらった」
女性は、いつぞや出会ったおっさんに扮していた女子大生だ。
くたびれたワイシャツにボストンバッグではなく、今日は小さなポシェットを斜めがけにして、可愛らしい薄青色のワンピースを着ている。
無事に取れた箱を見て笑みを浮かべて頬擦りで迎えていたが、振り向いて俺たちが待っていることに気付き、慌てて去ろうとするので、声をかけた。
「うまいっすね」
「あ、はい、ありがとうございま……あれっ!?」
薄暗い店内ではあるが、相手が誰なのか気付いたのだろう、目を見張っている。
「景品の入れ替えお願いしてくるから台押さえててー」
なかなか捕まらない店員探しに出掛けた友人に手を振ると、女性は自分が取ったものを差し出してきた。
「あ、あ、あ、あのっ、気付いたんですけど、私、まだお金、払ってなくてっ。台待たれてたみたいなので、よければ、利子に」
タクシー代を、そういえば貰い忘れていた。
相手は女子大生だし、結局俺が自宅に帰るために乗っただけだ。正直、金銭的な被害はない。
「忘れてたくらいなんで、いいです。代わりにゲーセンに使ってください」
「え、いえ、でも」
「無事に帰れて今日も元気にやってるのが見れたんで。俺も保護した甲斐がありました」
保護とは少々違うだろうが、そう茶化して笑うと、友人がうまく店員を捕まえたらしく戻ってきた。
アルバイトちゃんは今日も、面倒そうに入れ替え作業をしている。固定が上手くいかないらしく、舌打ちが面白い。
「金太郎、彼女出来たん?」
「違うって。ゲーセン仲間みたいなもん」
「金太郎さん、ですか?」
お互いに名乗りもしていないのだが、友人はそれを知らないので呑気に笑った。
「そう。こいつが松坂金太郎で、俺が玉城翔吾。玉金コンビなんて小学校から呼ばれてるくらいのお友達。よろしくぅ」
初対面の女性に下ネタをぶっこむような友人ではあるが、悪い奴ではない。
慌てたような女性に「阿呆なだけだから気にしないで」と伝えたが、景品の箱をぎゅっと抱きしめて、彼女は少し頭を下げた。
「三ツ谷鈴華、です」
そこまで言った途端に店員ちゃんが勢いよく筐体を閉め、飛び上がった彼女を横目に「終わりましたー」と言いながら、さっさと逃げていった。
気にせずに五百円を投入する玉城に急かされて俺も筐体に付いたが、彼女も寄ってくる。
「見てもいいですか」
「どうぞ」
見られると流石に緊張もするが、重心を見て、ずらして、こちらもワンコインでなんとか落とした。相変わらず大興奮の玉城が叫んだが、三ツ谷さんは小さな拍手をくれた。
「上手です」
「褒められると嬉しいね。ありがとう」
「ああ、愛しの妻をお迎え出来た喜びに、胸がはち切れそう。次こっちね。鈴華ちゃんも上手いなら、もう一個この子取ってきてもらってもいい?」
人気商品につきお一人様お一つまで、となっているので、どうやら遠慮していたらしいが、出来がいいのでもう一個欲しくなったようだ。
呆れたが、素直な三ツ谷さんは商品入れ替えが終わっていたらしいゲームへ急いで走り、玉城がお金を突っ込んだのに遠慮したが、こちらも見事な手際でワンコインで取っていた。
二人に増えた嫁を大喜びしている玉城を尻目に、彼女にはせっかくなのでとジュースを奢った。
「いえ、いただいてばかりでは」
「騒がしいおっさん二人に付き合ってもらったような物なんで。落ち着きないけど二十八で、君より八つも上の社会人だし。ジュースくらい奢らせて」
「アプリでお買い物しなくていい分、早く安く手に入ってるから、気にしないでー」
やはり押しに弱い三ツ谷さんはジュースを受け取り、何度もお礼を言いながら去っていった。
俺たちも玉城の車で帰ったが、また道中が騒がしかった。
「ついに金太郎も彼女持ちになってくれるん? 魔法使いにはならずに?」
「彼女じゃないって言ってるだろ。ゲームセンターに行くのが楽しいから、散財を許してくれるような相手じゃないと俺は無理」
「鈴華ちゃん最高じゃね? 一緒にお付き合いしてくれそう」
滅多に女性と絡まない俺が、気軽に話していたのが気になったようだ。
こんなに騒がしい男ではあるが、玉城には高校から付き合っている彼女がいる。
逆に俺は、二十八になっても彼女もいなければ、女性とお付き合いしたこともない……ような、とにかく童貞だ。あと二年で魔法使いに転職出来る予定になっている。
「魔法使いになれるの楽しみにしてるから、俺はいいの」
「美海のこと引きずってるのが気になるから、そろそろ彼女作ってもらえないと俺も安心できないんだよー」
「引きずってないし、もう忘れたって。何度言わせるんだよ」
小学校からの幼馴染というのは厄介なものである。昔の思い出も鮮明に残してくれている。
呆れたが、後悔しているのなら罰も与えてやろうと、助手席の背もたれに深くかけながらスマホアプリを開いた。
「次のゲームセンターは新技試してやろうかな。構築途中のがあるから玉城、金出して」
「こわっ。いくら突っ込んでも取れない時ある金太郎スペシャルを俺で試そうって? 外道め」
「俺と三ツ谷さんでだいぶ浮いただろ? 今それ、アプリで一体八千円だぞ」
「マジかよ、出させていただきますっ」
後はくだらない話をしながら次のゲームセンターへ、と行脚して、ボウリングなども楽しんで帰宅した。
男友達と遊ぶのは楽しいし、気兼ねしなくていい。
寝る支度を整えてベッドに寝転びながら、そういえば三ツ谷さんは親との揉め事は解決したのだろうか、と思った。
もはや会うこともないと思っていたのが、まさか遊び場が被るとは。
真剣に景品だけを見据えて努力していた姿を思い出して、やはりおっさんと話していた時に感じたように上手かったのかと、なんとなく面白い気分で眠った。
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