第二十四話『令嬢が抱えた闇』
─────入園式の日、ワタクシは、運命の相手に出会いましたの。
ワタクシの親は、"川崎グループ" という電気会社の社長で、電気といえば川崎グループというイメージがあるほど、有名な企業の社長だったのですわ。
「────いやぁ、川崎社長の娘さんとは、嘸かししっかりなされているのでしょうな。」
「勿論です、ほら、ご挨拶は?」
「お、おはようございます。」
「ははっ、可愛らしい子じゃないですか。」
父親の影響もあってか、色んな取引先の社長さんとお話する機会も沢山あったのですが、常に己を押し殺し、建前で生きていく。そんな生活は、自分には合いませんでしたわ。
「────いいか琴葉、お偉いさんの人と会ったら、その人が疲れてなくても、『お疲れ様です』って言うんだぞ。」
「おつかれさま、です?」
「そうだ、それがこの世界のマナーだからな。今のうちからしっかり覚えとくんだぞ?」
「は、はい。お父様。」
「まぁそんなに躾なくてもいいんじゃありませんの?まだこの子は幼稚園にも入って無いんですし、もう少し経ってからでもいいんじゃありませんの。」
「今じゃないと身につかないだろう。今が1番効率がいいんだ、この子には、川崎グループの時期社長として、しっかりと功績を残してもらわないといけないんだ。お前だってよく分かってるだろ。」
「確かに、そうだったですわね。」
ワタクシの両親は、"毒親" という程では無かったが、とても過保護だった。
ワタクシがどっかに行こうとした時も、必ず護衛がつき、ワタクシが転んだりしたら、道路がガタガタしていると苦情を入れたり。とにかく、生きにくい世の中でしたわ。
そして、幼稚園に入った時、ワタクシは、あるひとりの男の子に話しかけられましたわ。
「────なんで一人でいるの?」
「──うぇ…?い、いや、特に理由なんてありませんわよ。」
「じゃあ、僕と少し遊ぼうよ。」
彼の何気ない無邪気なその一言が、ワタクシの胸を熱く高鳴らせた。
彼はワタクシの事を、『川崎グループのお嬢様』ではなく、『川崎 琴葉』として、見てくれていたから。
それから、数日は彼と遊ぶようになった。
彼の遊び相手はワタクシしかいない、そう思っていた時、歯車が狂った────
「あ、シンくん!ねえねえおにごっこしよ!」
「うん、いいよ。じゃあ僕が鬼ね。」
一人の女子に、彼を取られた。
その現場を見た時、心がモヤモヤした。
この気持ちはなんだろう。なんで嫌だって思うんだろう。なんでちょっと苦しいんだろう。
説明が付かない感情が、ずっと胸の中にあった。
しんかいくんは、ワタクシのモノ。
しんかいくんは、ワタクシだけが必要。
そう思って、何とか心のモヤモヤを消し去ろう。そう思っていた。
────だが、やり過ぎた。
昔のワタクシは、幼稚すぎた。
「─────キイィ、ワタクシより稼ぎが少ない貧乏のくせに、チヤホヤされて羨ましいのよ!!なんでワタクシよりその子がしんかいくんと!!」
思っても無いことを口に出し、親の顔を傷付けたワタクシには、もう存在理由なんてない、そう思った。
あの日から、ワタクシが毒親の影響で口が悪くなったと、噂が広まった。
その結果、川崎グループへの嫌なヘイトが向くようになり、会社はどんどん下落していった。
ワタクシは、普通の家庭に生まれてみたかった。
お金も、地位も名誉も、生まれた頃から持っている家庭よりも、普通に生きて、家族に愛されて、好きな人とずっと一緒にいられる。
そんな生活を送ってみたかった。
中学生になっても、幼稚園のあの出来事が頭から離れなかった。
ワタクシは、深海くん達と同じ中学には通わず、私立の中学に通った。
家に帰ろうとすると、高確率で深海くんと愛菜ちゃんが、他愛もない話をして歩いているのを目撃する。
それを見る度に、過去の記憶がフラッシュバックして、心が苦しくなった。
あの二人は、付き合ってるのかな。
今、幸せなのかな。
ワタクシは、もう眼中に無いんだろうな。
そう自分を責め倒して、心が段々と壊れて行った。
親は、金があるだけの亡霊かのように、生気がほとんど無く、ぼーっと生きていた。
そんな親を見るのが苦しくて、見る度に、自分のせいだって、思うようになった。
「────もういいや、死んじゃおうかな。」
苦しかった、逃げ道が無かった。
人生に選択も楽しさもない。ただ親に敷かれたレールを走るだけの毎日、上っ面で演じ続ける毎日。もう嫌になってきた。
とある日の夜、練炭を買った。
自宅の車の中で、ゆっくりと終わらせよう。
そう思っていた。
煙が舞い上がっている。息が出来ない、苦しい、苦しい、辛い、むせる、気持ち悪い、吐き気がする、やばい、無理、辛い。苦しい、死ぬ、苦しい───────
頭の中に浮かぶ様々な走馬灯、その走馬灯の殆どが後悔と懺悔に塗れていた。
頭の中で、薄れゆく意識の中こう思った。
─────やり直したい。
気が付くと、目が覚めた。
空を見上げると、空中には車が飛んでいた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「────そこで私は、生きるか死ぬかのところであるお方に拾われて、この討伐士を目指したの。」
「…お前…そんな過去があったのかよ。全然分かってやれなかった。」
「貴方がそんな顔をする必要は無いわ。今の私はもうあの時の『川崎 琴葉』では無く、生まれ変わった『川崎 琴葉』なのだから。」
一人称が変わった。
変わったのは一人称だけではない。
身体はもちろん成長により変わってるが、剣術のレベルが桁違いに成長している。
恐らくオレより長くこの世界にいるからだろう。
今やり合っても勝てるか分からない。あの神速、目で追い付けなかった。
だが、今逃げるのは違う気がした。
少なくとも、オレだって琴葉を変えちまった人物の一人だ。
ここで逃げたら、一生後悔するかもしれない。
オレは、木刀を構えた。
────いいぜ、その勝負、受けて立つ。
────そう言ってくれると思った。深海くん。
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