第七話『戦いに飢えた獣』
舞台は移り変わり、小さな庭に集められた。
窓の近くにおばあちゃんと愛菜。
そして庭の真ん中におじいさんと俺が立っている。
正直この状況に理解が追いつかなかった。
ただ平凡に生きただ平和に暮らしていたこの俺が、いきなり "試してやる" と言われここに集められている。
「あの、試すって…何を…?」
と言葉を発した瞬間の出来事。
見えなかった。刹那の一瞬だった。
────いつの間にか。相手の腕が自分の腹に突き刺さるように殴られていた。
腹に激痛が走る、胃液が出そうになる。
「がはっ … 、」
蹲った。正直油断していた。
戦闘経験がなくても勝てる相手だと見誤っていた。
「修行が足りんな。… お前さん。"過去から来たんじゃろ?" 」
目の前の爺さんは、全てを知っている様な言い草だった。
完全にみぞおちを殴られ悶絶している中、理解が追いつかなかった。
「───── だったら、なんですか 。」
血が出そうなほど喉が熱い。ガラガラ声を出しながら精一杯の抵抗。だがそれも虚しく
「───── 口を動かす前に、その悶絶したフリをいつまでやっておる。立ってこい、それともワシが立たせてやろうか?」
蹴りあげられた。腹を思いきりだ。
この爺さんは、加減を知らない。宇宙まで飛んでいきそうな程の威力。そう感じるほど、腹に大きな衝撃が走り、唾液と一緒に血が混じった。そして宙に少し浮き、重力と共に地面に叩き落とされた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
どれくらいの時間が経っただろう。
平行感覚が無くなってきた。
「残念じゃ、もっと骨のあるやつじゃと思っていたんじゃが、ワシの思い違いだったようじゃな。」
うっすらと、爺さんの後ろ姿が見える。
今まで18年生きてきて初めての感覚だった。
悲壮感、劣等感、喪失感。よく分からないのが正直なところだが。
悔しさ─────と呼ぶべき感情だった
意識は殆ど無いが、俺は何故か立ち上がった。
口端からは血を流し、お腹には痣が何個も出来ていた。だが、俺は立ち上がった。
─────あの瞬間。俺の中の "何か" が変わった。
無意識に、ただ無意識に、自然と、出てきた言葉が、爺さんを刺激した。
───── 待てよ。まだ終わってねえぞ。
上の服を脱いだ。邪魔だったからだ。
お世辞にも鍛えているとは言えない体ではあったが、その腹部の痣が、この時は英雄の勲章のように思えた。
たった1回の戦闘、たった1回の模擬戦だとしても、戦いであることには変わらない。
ここで負けたら、いけない気がした。
色んなものを失ってしまう気がした。
今まで過ごしてきた18年間の中では味わえなかった。この高揚感。
戦いに飢えた獣のように、ただひたすらに。
────目の前の敵 『 じいちゃん 』を、本能的にぶっ飛ばしてぇ。
頭の中には、その言葉しか浮かんでこなかった。
「そうだ、その目じゃ。その目が、お前を奮い立たせているのじゃろうな。… やはり、ワシの目に狂いはなかったようじゃ。」
その時、じいさんが動いた。
恐らく俺の腹部を狙っていたのだろう。
俺は本能的に。カウンターを狙った。
もちろん素人レベルのカウンターしか出せないと思った。だがやらなければやられる。
─────腹部の殴りに合わせて、膝を思いっきり打ち込んだ。
今まで、本気で人を殴る蹴るを全くした事が無かった男が、勝てる相手では無い。
本能的に分かってはいたのかもしれない。
だけど、この選択に後悔はしていない。
俺の蹴りは 、ヤツに届かなかった 。
────気がつけば 、部屋の天井が見えていた。
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