2話 東京特務警察

 明智アケチ香子カヲルコを出迎えた中村ナカムラ警部は、苛立ちを隠そうともしなかった。

「また賞金稼ぎにやられました」

「結構なことではないの? この街から悪人が減るんですもの」

「そう単純にはいかないのですよ」

 中村警部は「鬼もたじろぐ」と恐れられる眼光炯炯がんこうけいけいとした顔をひそませた。

「問題は、賞金稼ぎの正体なのです」

「聞いているわ。『怪人ジューク』、その正体は不明。これまでに七人の怪盗を捕まえている。魔能使いという証言もあるわね」

「そこなのですよ」


 中村警部は香子を奥へ促しつつ声を低めた。

「明智探偵もご存知でしょう。そもそも魔能というのは、怪盗だけが持つ能力なのですよ」


 足を踏み出しかけた香子は歩みを止めた。

「怪盗だけが持つ、能力……」

「はい。『黒い魔女』の件は、捜査資料でお伝えしてあるかと」

「届いていないわ」


 その途端。

 奥から若い刑事がすっ飛んできた。

「あああ明智探偵、こ、こちらが捜査資料……」

野呂ノロ! おまえって奴は……!」

 中村警部に雷を落とされ、野呂刑事は最敬礼をした。

「も、申し訳ございませんでしたッ!」


 すぐさま香子は書類の束に目を通し、野呂刑事に返す。

「つまり、『黒い魔女』というのが怪盗同盟ユニオンの首領で、怪盗に魔能を与えている可能性が高いと」

「はい。何か特別なことでもなければ、人間があのような能力を持つのは不可能ですので」

「特別なこと、ね……」


 不意に考えこみだした香子に、中村警部は気遣う視線を向ける。

「何か気になりますか?」

 香子はハッと顔を上げ、

「続けてちょうだい」

 と再び歩きだす。


 慌てて後を追い、中村警部はコホンと咳払いをした。

「つまりですね、『怪人ジューク』と名乗る賞金稼ぎも、実は怪盗の一味なのではないかという考え方ができるのです」

「自分で『怪人』と名乗ってますしね」

 野呂刑事も並んで歩きながらウンウンと頷く。

「怪人は怪盗同盟の刺客で、怪盗同盟でミスを犯した怪盗を抹消しているとか……どうです? 僕の推理は」


 香子の『私立探偵』という肩書きに対抗心があるのか、野呂刑事はしばしば得意気に自論を披露してくる。が、大抵が見当違いで中村警部に叱られるのだ。

「警察に逮捕される危険を負うくらいなら、口を封じた方が早いだろ」

「そう、ですよね、アハハ……」

 

 香子は小さく肩を竦めた。

「賞金稼ぎと云いながら、懸賞金目的というのも違うようね。書き置きにある銀行の口座番号は、孤児院や養護施設のものばかりとか」

「そうなのですよ! しかも、懸賞金の受け取り先をいくら調べても、それらしい人物には行き当たらないのです」

「一旦孤児院に預けて、ほとぼりが冷めた頃に取りに来る、という訳でもないようでして、本当に目的が分かりません」


 野呂刑事は寝癖頭をもしゃもしゃと掻く。

「悪人を捕まえて、懸賞金は全て寄付してしまう――まるきり義賊じゃありませんか」


 義賊――

 それは民衆にとって正義の味方である。だから、為政者は警戒する。

 正義とは民衆にとって娯楽に等しい。解りやすい勧善懲悪劇に民衆が熱狂すれば、相対的に警察は役立たずとなる。

 すると国家権力の威信は失墜し、民衆はますます義賊を信仰。義賊こそが正義となる。

 一個人が国家以上の支持を集める。

 それ即ち、民本主義国家の崩壊を意味する。


「確かに、魔能使い相手に手も足も出ない我々警察も、だらしがないと思われても仕方ない。だからこそ、特設された『東京特務警察』に明智探偵を特別顧問としてお招きし、警察が怪盗を根絶やしにするため切磋琢磨するのだ。軽々しく義賊などと呼ぶな!」

 中村警部に一喝され、野呂刑事は縮こまった。


「とはいえ、懸賞金を掛けた以上、こうなることは想定内だったのでは?」

 香子がそう云うと、中村警部は苦虫を噛み潰したような顔をした。

「だから私は、懸賞金に反対したのです。しかし、功を焦る上層部に押し切られ……」


 そんな話をしているうちに、目的地に到着した。

 警視庁の一角。

 『特殊能力を持つ怪盗による連続窃盗事件特務対策本部』――略して東京特務警察の本部だ。

 扉を開けて室内に入るなり、席で事務作業をしていた刑事が全員起立した。

 中村警部は、此処ここの責任者なのだ。


 彼はよく通る声で云った。

「本日よりご協力をたまわる明智香子探偵だ」


 すると、刑事たちがざわついた。

「小娘じゃないか」

「あんなので大丈夫か?」

「『暁の名探偵』という異名があるらしいじゃないか」

「まあ、お手並み拝見といこうか」


 彼らの正面に立ち、中村警部は咳払いする。刑事たちは口を閉ざした。

 そこに香子は一歩踏み出した。

「明智と云います。何度か事件捜査でご一緒したご縁で、中村警部に特別顧問としてお招きいただきました。宜しく」


 無造作な断髪ボブ。乗馬服に乗馬ブーツ。愛想の欠片もない口調。

 それらは刑事たちに好意的には受け入れられないだろう。香子もそれは解っていた。

 けれど、事件捜査に愛想は必要ない。むしろ、捜査員たちと一定の距離感を保った方が自分の立ち位置を確保できる。

 警察組織に何度が協力した中で彼女が得た、「女」という立場での効率的な立ち回りだ。


 唖然とする刑事たちに、彼女は声を飛ばした。

「今朝発見された『乙八十二号』について、分かっていることを教えて頂戴ちょうだい

 すると、飛び上がるように刑事の一人が答えた。

「二人組の魔能怪盗です。銀座の百貨店に盗みに入ったところ、賞金稼ぎに遭遇。捕縛されたと自供しております」

「それから、『怪人ジューク』と名乗る賞金稼ぎについてですが」

 別の刑事が書類を示す。

「先程、上より指名手配の通達がありました。『甲十九号』。政治犯扱いですね」


 指名手配犯に付けられる番号の前にある『甲乙丙丁』というのは、罪状の種類となる。

 甲は、政治犯や思想犯といった、国家権力に仇なす存在。

 乙は、凶悪な殺人・窃盗犯。

 丙は、詐欺や密輸などの経済犯罪者。

 丁は、脱獄囚。


 警察の面子メンツを傷付けられたとはいえ、賞金稼ぎに対して『甲』を付けるとは、いささか過剰ではないか。香子は眉をひそめた。


 中村警部も同じ思いのようで、大股に刑事に歩み寄り手にした書類を奪い取る。

「確かに『甲』となっている。どういう訳だ?」

「さぁ……」

「『甲』の指定には帝国評議会の認定が必要な筈だ。政府が何故賞金稼ぎを?」

「し、小官は上より書類を預かっただけでして……」


 ――義賊。

 その影響力を警戒しているに相違ない。

 香子はそう考えた。


 帝国評議会からの圧力で、犯罪者ですらない賞金稼ぎを指名手配する警察。

 この国に、ほんとうの正義など存在しない。


 初めから解ってはいた。

 しかし、正義は無くとも、その組織力には利用価値がある。

 その為に、香子はこの場にいる。


 恐縮した刑事に背を向けて、中村警部は前に戻ると、捜査本部に向き直った。

「ともあれ、令状が出た以上、等級から『甲十九号』の捕縛が最優先となる。各自、捜査に励んでくれ」



☩◆◆────────────────⋯

【明智香子】

 別名・暁の名探偵

 年齢・二十一

 職業・私立探偵

 魔能・不明

 武器・乗馬鞭、拳銃

⋯────────────────◆◆☩

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