第2話


 ラファエルは、よく怖いものがないのかと聞かれることがある。

 あるよ、と彼は軽く答える。

 なに? と聞かれるとうーん……。となるため「やっぱないんじゃないの!」とご令嬢には叱られるのだが、

(恐怖を知らないわけじゃないんだよ)

 むしろ幼い頃は色々なことに恐怖を感じる子供だった。

 色々なことが怖かったし、

 怯えてたし、

 こんな自分がどんな大人になるんだろうかと考え巡らせることが、一番恐怖だった。

 だが、短い間だったが、ジィナイースと暮らしたあの時間が、劇的にラファエルの未来を変えてくれた。

 彼に好きだと言ってもらえて、要領の悪い自分を少し許せたし、希望を持てた。

 あの頃はジィナイースと、ずっと側で生きながら大人になって行けると思っていたから、彼がいてくれるなら、きっとこの先何があっても支えられて、頑張れる気がした。

 例え家族に、出来が悪いなんて思われてても全然構わない。

 ジィナイースはそんなことで、ラファエルを判断し、嫌いになるような人ではなかったから。

 別れは辛かったが、絶望はしなかった。

 それくらい、ジィナイース・テラの存在感というものは凄まじいのだ。

 ジィナイースは祖父の事情でローマを離れなければならなかったようだが、また会おうね、と手紙をくれた。祖父の仕事について、別の土地に行くから、会った時その土地の話をいっぱいしてあげるね、ラファエルにも見せてあげたいから、絵もいっぱい描いておくよと、彼は手紙すら、温かい人柄が出ていた。

 その手紙と、別れる前の短い間だったが、毎日色んなことを話して、交わした言葉が、また独りになる、という恐怖から守ってくれた。

 それなら僕は次にジィナイースが会う時に、せめて弓を的に当てて、馬に乗れるくらいになっておこうと、そんな風に思えた。

 馬が乗れたら、二人で色んな場所に行ける。今までは城の中ばかりだったけど、フランスを案内してあげられるようになる。ジィナイースは美しいものが好きだから、きっとフランスの色んな場所を見て、目を輝かせてくれるだろう。

 そう思ったら、ラファエルは今まで愛せなかった国も愛せた。


 恐怖は知ってる。


 今は大人になって、大概の恐怖をどう対処すればいいのか、分かり始めた。

 だから震え上がるほどの恐怖は、子供の頃ほどは無くなった。

 ラファエルがここ最近一番恐怖を覚えたのは、実はこのヴェネト王宮で【王太子ジィナイース】に会った時だった。

 自分はジィナイース・テラだと、あの王太子が迷いもなく名乗った時、誰だこいつはという疑問と同時に恐怖を覚えたのだ。

 彼に何か、あったのかと思って、この王宮の全てが不気味に思えた。

 それは、あの海上に浮かぶ古代兵器なんぞ、どうでもいいと言ってしまっていいほどに。

 ……フェルディナント・アークの部屋で干潟の絵を見つけた時、ジィナイース自身に出会えたような気がした。だからラファエルは、ミラーコリ教会にジィナイースが身を寄せていることを自分に対して隠したフェルディナントにあれほど怒ったのである。

 そこに何の意図があったのかなど、一切興味はない。

(あれも美しい絵だった)

 美しい景色に出会えた時の、ジィナイースの嬉しそうな顔を思い出す。

 自分は望み通り、彼と再会を果たした。

 ジィナイースはラファエルを覚えていてくれたし、変わらない愛情を示してくれた。


 それならこの世に怖いものなど、きっと何も無い。



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