誤魔化された本能


「やっぱり暴走したか…若い奴は堪え性がないなぁ」


花人専用学園の方から轟音が響いたのを聞いて、俺は缶コーヒーを専用ゴミ箱の中に捨てる。


「トドメを刺したのは君じゃないか。駄目だよぉ、幼気な若者の純情を踏みにじる事をしちゃあ」

「そりゃ幼馴染みって立場に甘えて、今まで告白も行動もしなかった方が悪いさ。鳶に油揚げを攫われる…この場合は狐に油揚げを攫われるって言うのかな?」

「ははは!上手い!座布団1枚!!」

「でも本当に以外だったよ、まさかあの芦屋君が一目惚れ何てね。お陰で要注意人物が危険人物に早変わり、まぁそれを見越して学園の近場で待機出来てた訳だけど」

「お前らは俺の婚約者を一目見る為に同伴してきただけだろ。仕事は俺1人でやる、一目見たらさっさと帰れ」

「ははは!芦屋君を射止めた白雪姫はどんな別嬪さんかなぁ!?」


クスクスと笑う同僚の揶揄う笑い声を背後に、俺は学園へと〝飛ぶ〟。本当に嫌になる同僚達だ。




×××




「早乙女…お、落ち着いて、ほら」

「に”い”じろ”ぉ…」


早乙女の上半身の制服がチリのように焼け落ちる。不味い、かなり感情が昂ってる、たまに癇癪を起こしたり、喧嘩する早乙女は人間相手は鬼人本来の怪力で相手をしているけど、相手が同じ鬼人や半神が相手になる時は発火能力を使う。


小学生の頃はマッチ程度の火だったのに、学園で半神や鬼人の不良相手に喧嘩しまくってる内に、火力が高まっていったんだ!


「早乙女!」

「新城君!下がっていなさい!!」


先生達が消火器で消火を試みる。だけどそんなもので早乙女の炎は治まらず、寧ろ火力を上げていく。余りの熱風に近付いていた先生は勿論、私も思わず後退る。


「逃げる”な”ぁ!新城ぉ!!」

「…っ」


熱風から逃れる為に両手を前にやると、炎に照らされてキラリと光る、左手薬指の指輪が視界に入った。それと共に脳裏に浮かぶのは昨日交際を始めたばかりの芦屋さんの顔だった。


「芦屋さん!」




「何だ?新城」


聞こえてきた声に思わず顔を上げる。


「芦屋…さん?」

「昨日ぶりだな、新城」


そこには何てことの無い様に、私の真横に芦屋さんが立っていた。え?瞬間移動でも使えるのこの人?そう思っているとあっという間に芦屋さんに抱えられて、校庭の端の方まで一瞬で移動した。やっぱり瞬間移動使えるよこの人!!


「に”ぃじろ”ぉぉおおおっ!!」


だけどそれが面白くなかったのか早乙女が追ってくる。だけど芦屋さんがパチンと早乙女に向けて指を鳴らすと、校庭のスプリンクラーが早乙女に向かって一斉に放出される。


「1人の鬼人が出してるとは思えん炎だ。しかし炎で焼き尽くすのが幸いして、血が滴る人肉を口に出来ないのは幸いだな」

「…やっぱり、喧嘩しまくって力を付けてるのと同時に、不良の間で有名になってる早乙女は鬼神として信仰を集めている様なもんなんですね」


学校の授業で習った事がある、鬼人と半神は神としての素質を持つ者であり。力を付けて知名度を高めていくと神格化が進んでいく。但し良いことをしていると血の匂いに忌避感を覚え、悪いことをしていると人肉に食欲が沸いてくる。


それを防ぐ為に花人が存在する。花人は恋人や伴侶の体液を摂取すると、相手好みの甘露の蜜を生成して、その蜜が人肉への嫌悪感や誘惑を打ち消す効果がある。


「そうだ、それも悪鬼としてではなく、勝利に導く戦神として讃えられているから、本来は血の匂いに嫌悪や忌避感を覚え喧嘩の腕が鈍る筈だった。それが炎で傷口を焼き焦げた匂いで鼻孔が誤魔化されてしまったから、花人無く此処まで来てしまった」

「…私がもっと早く気付いて、もっと注意していれば「専門家の鬼人と半神の学園の教師達はとうに気付いていたさ、だからこれはお前のせいじゃなく、花人無しで1人の鬼人に風紀を正させようと利用した学園側のミスだ」…」

「新城ぉぉおおおっ!てめぇ!!新城から離れろぉぉおおおっ!!」

「ふむ、この程度の水じゃあ頭は冷えんか…新城、私の胴回りにしがみ付いてろ」

「え?」


芦屋さんが何かを持ち上げる動作をすると、学校のプールから大量の水がスライムのように大きな塊として持ち上がる。嫌な予感がして全力で芦屋さんの胴回りに抱き付く。それと共に芦屋さんがパァン!と拍手をすると上空から大きな影と共に大量の水が降り注いだ。


「ひぃぃぃいいいいいっ!」

「流石に頭が冷えた様だな」

「え?…っ!?」


全身濡れる事を覚悟していたけれど、私と芦屋さんの周りで円を描くように不自然に水が避けていて、私達の周りは全く濡れていたかった。そして早乙女の方を見れば、流石にあの大量の水を浴びて、体の炎は鎮火してそのまま重さに堪えきれず気を失ったらしい。


「早乙女ーっ!大丈夫かー!?」


気絶した早乙女に足が濡れるのも構わず思わず駆け寄る。完全に気を失っていて、私は救急車が校庭に来るまでその手を握っていた。

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