恋愛初心者〜恋をしたいと願うなら〜

ニノハラ リョウ

本編

「え? もうキスしたの?」


 思ったより大きな声が出ちゃって、あわてた陽茉里ひまりの手がわたしの口をふさぐ。


 反対の手でしぃってするから、口をふさがれたまま目だけ動かして教室を見回すけど、だれもわたしたちに注意を向けてないみたい。よかった。


 ペシペシと陽茉里の手を叩くと、彼女の手は離れていった。


「ごめんね。ちょっとびっくりしちゃって……」


「もー、声デカいよー。

 それにそんなにびっくりすることなくない?」


 ちょっと呆れた声で言われて、なんだかしゅんとしてしまう。


「だって……キスってもっとオトナになってからすると思ってたから……」


 わたしのことばに陽茉里が何とも言えないカオになる。


「もー、付き合ってたらキスくらいあたりまえじゃん?

 花奏かなはほんと、オコサマだなぁ」


 後期の始めから隣のクラスのオトコノコとお付き合いを始めた陽茉里は、なんだか急にオトナっぽくなった気がする。

 わたしの前の席に座って、振り返る感じで話してるんだけど、わざわざ組んだ足がオトナの仕草っぽくてドキドキする。


「だいたいさぁ、花奏も気になる男子とかいないのー?

 最近小学生で初恋も初カレもまだとか、結構珍しくない?」


 恋愛初心者すぎーって笑う陽茉里からすれば本当のことを言ってるだけなんだろうけど、なんだかバカにされてるようでモヤモヤする。


「んー? 好きとかまだよくわかんないし」


 そう伝えると、わたしをオコサマ扱いした時と同じ表情を浮かべた陽茉里が、ふと何かに気づいたように教室の入り口に視線を向けた。


高比良たかひらはー? 花奏、よく高比良のコト見てるでしょ?」


 陽茉里の言葉に促されるように教室の入り口を見たら、そこには一人の男の子の姿があった。

 

 彼は高比良くん。


 夏休み明けに転入してきた子で、とてもイケメンだ。

 入ってきた時、あまりのカッコ良さに女子が悲鳴をあげたくらい。

 転入当初はイケメンだし物珍しさもあってみんな話しかけてたけど、だいたい塩対応に終わって。

 今となってはみんな用事がある時だけ話しかける感じで、特に友達らしい友達もいないっぽい。

 だけど、グループ行動するときはしっかり動いてくれて、何かトラブルが起きたときもさらっと解決してくれる、頼りになる人だ。

 だけど、そのそつのない態度が周りを落ち着かなくさせるのか、冬休みも終わったこの時期になっても、どこか浮いてるような、そんな子だ。


「べ、別に見てないよっ! なにいってるの!?」


 慌てて否定するも、陽茉里はいまいち納得してないみたい。


「えー? そうかなぁ? 実は……恋しちゃってんじゃないのー?」


 高比良イケメンだしねぇとニヤニヤと笑う陽茉里に、顔の前で手を振りながら一生懸命否定するけど……。

 もう陽茉里の中ではそれが真実になったらしい。

 こうなると否定すればするほどダメなやつだ。


「まぁ、だとするとライバルが強力だから気をつけてねー」


「え? ライバル?」


「そう、ウチのクラスのお姫様も高比良くんが気になってるらしいよー」


 陽茉里がコッソリ指さす方を見れば、クラスの女の子の人だかりができてた。

 その中心にいるのが、美作みまさか美麗みれいさん。

 とても美人で、他のクラスにもファンが多い子だ。


「えー? 美麗、また可愛いねって通りすがりに言われたのー? さっすが美麗っ!」


「美麗、可愛いし大人っぽいから、大人の男の人の視線も集めちゃうんだねー!!」


 美麗さんの周囲の子がきゃいきゃいと話している。

 確かにあそこまで可愛いと、大人でも恋に落ちちゃうかもね。


「うふふ。そうなの。

 この前の人なんてホントしつこくて……。

 小学生でもいいからデートしてくれませんかって……。

 デート代は全部払ってくれるし、お小遣いもあげるからって……」


 困っちゃうわね。って言いつつちょっと得意げな美麗さん。


 それにしても、それって……。


「そんなんついて行ったら変態オヤジの餌食じゃねぇか。

 だいたい小学生だって知ってんのに、そんな事言う大人、マジでヤベェぞ?

 しかもそんなヤツからカネもらったとか、立派なパパ活じゃね?

 もっと自分を大事にしろよ?」


 高比良くんの言葉にあたりはしぃんと静まり返った。


「なっ……なっ……」


 顔を真っ赤にしてプルプル震えている美麗さんだけど、高比良くんの正論パンチに言い返せないみたいだ。


「ちょっ!? 高比良?! 美麗はそんなつもりじゃ……!?」


「本人にそのつもりはなくても、相手はどうかわかんねぇだろ?

 つか、小学生に手ェ出す大人とかフツーにハンザイシャじゃね?」


 美麗さんの取り巻きの子が高比良くんに食ってかかるけど、これまた正論で言い負かされてる。


 まぁ、確かに高比良くんの言う通りなんだけどね。


 ぎゃあぎゃあと大騒ぎを始めた取り巻きの女の子と、涙ぐんだまま口をひらけない美麗さん。

 そんなカオスな状況は、休み時間の終わりを告げるチャイムの音と、教室に帰ってきた担任の姿でおしまいになった。



 ◇◇◇



(……あ、高比良くん……)


 習い事に直接向かう陽茉里と別れて、一人通学路を歩いていると、前の方に見覚えのある後ろ姿を見つけた。


 午後の授業の間中、ちょっと涙目のままの美麗さんに睨み付けられてたけど、そんな事微塵も気にしてなかった高比良くん。


 ちゃんと大人に近づいていってるのは、きっと高比良くんみたいな人のことなんだろうなって思う。


 別に恋をしたり、自分以外の誰かにモテたりする訳じゃなくて。


 ……まぁ、わたしは恋もしてないし、誰かに想いを寄せられたりしてる訳でもない。

 まして高比良くんみたいに誰にでもきぜんとした態度を取れるかって言われると……正直無理だ。


 だけど、いやだからこそ、きぜんとした態度を取れる高比良くんを、自然と目で追ってるのかもしれない。


 ……まぁ、高比良くんがカッコいいのも否定しないけどさっ!

 ペシって八つ当たり気味に足元の石を蹴る。

 コロコロと転がってく石をなんとなく目で追っていたら……。


「え?」


 なん?


「た、たかひらくん!?」


 黒い車に高比良くんが連れ込まれそうになってる!?


「たかひらくん! たかひらくん!?」


 大きな声を出せば、わたしに気づいたのか、高比良くんの腕を引っ張っていた男の人が、高比良くんのからだを抱えあげようとする。


「たかひらくんっ!!」


 ランドセルにくっ付けていた防犯ベルの紐を思い切り引っ張る。

 耳の近くでものすごい音が鳴るけど、そんなの気にしてられない。


「たかひらくんっ!!」


 担がれそうになって必死に抵抗してる高比良くんのランドセルを引っ張る。

 さすがに小学生二人分の体重は重かったのか、わたしが鳴らした防犯ブザーのせいで人がこちらを見始めたせいか……。


「うわっ!?」


「わっ!?」


 ふっと引っ張られる力が抜けて、高比良くんのからだがわたしにぶつかってくる。

 もちろん受け止めることなんてできなくて、二人して地面に転がった。


「いてぇ……」


「いたた……」


 痛みにうめいてると、車がどこかへ行く音がした。


「っ!? 高比良くんだいじょうぶ?!」


「いてぇ……。あー、お前……クラスメイトの……」


石橋いしばし花奏かなだよ」


「あー、そうだ、石橋石橋……って、それどころじゃねえ! 逃げるぞっ」


「えっ? えっ!?」


 立ち上がった高比良くんに手を引かれて走り出す。

 後ろのほうで集まってた人たちが何か言ってる気配がしたけど、高比良くんのスピードに合わせるのでせいいっぱいだ。


「……はぁ……はぁ」


「はー……」


 公園のベンチに二人で座って、すっかり上がった息を吐いて吸って……。

 そうしたら、ちらっと高比良くんがわたしを見た。


「……なに?」


「いや、うっせぇからそれ止めてくんない?」


 そう言われてびーびーと鳴りっぱなしだった防犯ブザーの紐を元に戻す。

 ……今までそのうるさい音すら耳に入ってなかったことに気づいて、ちょっと自分でもびっくりだ。


 でも、これだけ訳わかんないことが起きたら……しょうがないよね?


「あ、あのさ……高比良くん、だいじょう……ぶ?」


 気になってたことをやっとの思いで口に出せば、ちょっと呆れたようなカオをされた。


「……どう見てもお前のほうがだいじょうぶじゃないだろ……」


「……へ?」


 手、震えてんぞ?


 そう高比良くんに言われて、自分の手を見るとブルブルと指先が揺れていた。


「……え? ……あれ? とま……とまんない……どうしよう……え? どう……」


 ブルブル揺れる指先が自分のものじゃないようで、ブワッと目から涙が出た。


「え? どうしよう……こわ……こわい……なんか……とまらない……」


 とうとうからだ中が震え始めて、どうしたらいいかわからない。


「……石橋……」


「え?」


 ふわっと汗と、ウチのじゃない柔軟剤の匂いがして。

 気づけば高比良くんに抱きしめられていた。


「え? え?」


 グルグルまわる頭の中は、どうしてこうなってるか訳わかんなくて。

 知らない柔軟剤の匂いがとてもいい匂いで。

 ちょっと汗の匂いもして……。

 それはお父さんとは全然違って……もちろんお母さんとも陽茉里とも違ってて……。


「え?」


「……いいから。落ち着くまでじっとしてろ」


 ぎゅっと引き寄せられて、高比良くんの首の辺りに顔が埋まる。

 それは高比良くんも同じで。

 高比良くんの肩が動くたびに、耳の後ろくらいに風があたって……。


 さっきまでとは別の意味でドキドキしてくる。


「……ふはっ。花奏の心臓スッゲェ早い」


「だ、だって……! こんなのっ……?!」


 慌てて腕を伸ばして高比良くんから離れる。

 ひゅんとわたしたちの間を抜けていった風が変に冷たく感じたのは……きっと気のせいだ、うん。


「花奏、顔真っ赤」


「だ、だって……!!」


「……ちょっとは落ち着いたか?」


 そう言いながら頭をポンポンされて、もうめちゃくちゃ恥ずかしい。

 両手で顔を覆ってからコクンとうなずく。

 ていうか、さっきからさりげなく名前呼ばれてない?!

 お父さん以外の男の人に名前を呼ばれたことがないせいか、ものすごくドキドキして……特別に感じる。


「そか……」


 よかった……って小さなつぶやきが聞こえてきた。


「……ケーサツとかに届けなくて……いいの?」


 熱くなってたほっぺが冷たい冬の風に冷やされたのを確認して、手から顔を上げる。


 さっきの状況はどう考えても誘拐とかそっち系の話だ。


「んー、まぁ、相手は……わかってるし……」


 複雑そうにそう言う高比良くんに、わたしごときでは何も言えなかった。


「……そか」


「ん……」


 ヒュルリと冷たい風が二人の間を抜けていく。


「……帰ろっか」


 二人なにもしゃべらない時間が過ぎて、そっと高比良くんに声をかけた。


「ん……」


 それでも高比良くんはベンチから動こうとしない。


「ほら、風邪ひいちゃうから……。帰ろ?」


 ベンチから立って、座ったままの高比良くんに手を差し出す。

 走って汗をかいたせいか、冬の冷たい風がもっと冷たく感じるようになってきた。

 だから……早く帰りたいだけだったのに。


「なぁ? 花奏って……オレのこと好きなの?」


「……はぇ?」


 伸ばした手をぐっと握られて突然そんなことを言われて……。

 もう訳わかんない。


「さっき教室でさ、そんな話してたじゃん?」


 本吉もとよしとさ。


 本吉は陽茉里の名字だ。

 てことは、あの時の陽茉里との会話を聞かれてたってことで……。


「あのね! そうじゃなくてねっ!?」


「なんだ……違うのか?」


「違くもなくてねっ!?」


 って、わたし何言ってるのー?!

 あわあわ混乱するわたしの様子を、なんだか優しい顔で見てる高比良くん。

 それはけっしてわたしをバカにしたり好かれて迷惑と言った感じじゃなくて……。


 だから……。


 ちょっとだけ素直に答えてみた。


「……好きとかまだわかんないけど……。高比良くんのことは気になってる……」


 かも? って答えたら、なんだか嬉しそうに高比良くんが笑った。


「……じゃあ、これから好きになってもらえるように、もっとがんばるから……」


 よろしくなって笑いながら、握ってたわたしの手に顔を近づけて……。


「ひぃぃ!」


 僅かに指先に触れた自分以外の体温に、情けない悲鳴をあげたって……しかたないじゃん?


 だってまだまだ恋愛初心者だもんっ!!

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