第22話# 「進化する絆」



朝日が昇る前の音楽室。窓から差し込む淡い光の中で、アカネは新しいカードを見つめていた。深い赤紫色に輝くその表面には、蠍と蛇が調和を保つように描かれている。


「不思議ね」

秋月みらいがピアノの前から声をかける。

「二つの星座の力が、一つのカードに」


昨夜の出来事から数時間。メンバー全員が早朝から集まっていた。疲れた表情を見せながらも、全員の目には確かな光が宿っている。


「篝崎月斗...」

織部翔がノートを広げながら言う。

「蛇遣座の継承者について、調べられる限り調べてみたんですが」


「何も出てこなかったでしょう?」

星見凛の姿が、窓際に現れる。

「12年前の記録は、ほとんど失われているもの」


アカネが新しいカードを掲げると、それに呼応するように蠍座の元のカードも反応を示した。二枚のカードの間で、赤い光が渦を巻く。


「でも、確かなことが一つ」

天宮柊が腕を組む。

「星天の協奏曲は、私たちが思っていた以上に複雑な謎を秘めている」


「そうね」

凛が窓際から歩み寄る。

「蠍座の楽章は、単なる楽譜じゃない。星霊術士たちの...記憶そのものなの」


その時、アカネの手の中で新しいカードが強く脈動を始めた。




カードの脈動と共に、空間に波紋が広がっていく。それは目に見えない振動となって、音楽室全体に満ちていった。


「これは...!」

みらいが素早くピアノに向かい、一音を奏でる。透明な音が、波紋と共鳴する。


突如、アカネの意識が引き込まれていく。


眩い光の中、巨大な施設が浮かび上がる。白衣の研究者たち。そして、中央にある巨大な装置。


「12年前の...記憶?」

アカネの声が、遠くから響くように聞こえる。


「私にも見える」

綺羅が目を見開く。北極星のカードが、アカネのカードに呼応するように輝きを放っていた。


「星霊波動増幅装置...」

凛の声が、悲しみを帯びる。

「あの時、彼らは究極の調和を目指した。でも...」


映像の中で、装置が不穏な輝きを放ち始める。研究者たちが慌ただしく動き回る。その中に、若かりし日のみらいの姿も。


「待って、みらい先生が...?」

天宮双葉が驚いた声を上げる。


装置の異常な振動。制御不能になっていく波動。そして—。


「星霊術士たちは、最後の選択をした」

みらいのピアノが、静かな旋律を奏で始める。

「自らの力を使って、暴走を止めるために」


映像の中で、研究者たちが円を描くように並び、星霊カードを掲げる。中央の装置から溢れ出す光を、彼らの力で抑え込もうとしていた。


「でも、その代償があまりにも...」


映像が激しくゆらめき、かき消えていく。アカネの意識が現実に戻った時、音楽室の空気が重く沈んでいた。


「新しいカード」

凛が言う。

「それは単なる力の進化じゃない。失われた記憶を取り戻すための、鍵なのよ」




「みらい先生」

綺羅が静かに声をかける。

「あの時、先生も研究に...」


「ええ」

みらいはピアノから手を離し、窓際へと歩み寄る。

「私はまだ研修生だった。でも、あの日のことは、決して忘れられない」


「星霊波動増幅装置」

翔がノートを広げながら言う。

「目的は何だったんですか?」


「理想を追い求めすぎた結果ね」

凛が答える。

「人々の心を繋ぎ、完璧な調和を生み出す。そのための装置だった」


その時、アカネの新しいカードが再び反応を示した。だが今度は、より穏やかな光を放っている。


「ねえ...気づいた」

アカネが不思議そうに首を傾げる。

「このカード、まるで生きているみたい。私の気持ちに反応して...」


春野カズマが思案げに腕を組む。

「もしかして、それって星霊術士たちの...意思?」


「そうかもしれない」

柊が前に出る。

「彼らは力を封印しただけじゃない。大切なメッセージを、私たちに伝えようとしている」


「それに、月斗さんの言葉も気になる」

双葉が思い出したように言う。

「これは始まりに過ぎない...って」


その瞬間、音楽室の空気が変化した。アカネの両方のカードが同時に反応し、赤い光の渦を作り出す。


「新しい波動」

みらいが、再びピアノに向かう。

「この音を感じて」


穏やかな旋律が響き始める。それは先ほどの記憶の中で聞こえた音とは違う、希望に満ちた音色。


「私たちに求められているのは」

凛の声が、静かに響く。

「過去の過ちを繰り返すことじゃない。新しい道を見つけること」




「新しい道...」

翔が考え込むように呟く。

「つまり、星天の協奏曲を取り戻すだけじゃない」


「そう」

凛が頷く。

「蠍座の楽章が教えてくれたのは、私たちの進むべき方向」


その時、アカネの手元で二枚のカードが共鳴し始めた。新しいカードの赤紫の光が、元の蠍座カードの深紅の光と交わる。それは次第に、空間に何かを描き出していく。


「これは...音符?」

双葉が目を凝らす。


「違う」

柊が一歩前に出る。

「地図よ」


確かに、二つの光が織りなす模様は、ある場所を示す地図のように見える。中心には六本杉神社。そこから光の線が、いくつかの方向へと伸びていた。


「他の神社を指しているのね」

みらいがピアノから立ち上がる。

「星座にまつわる、古くからの聖地」


「でも」

カズマが不安そうに言う。

「月斗さんの警告が気になります。他にも...何か」


その言葉が終わらないうちに、突然、音楽室全体が揺れ始めた。窓の外から、異様な気配が—。


「この波動は!」

凛の表情が変わる。


アカネの新しいカードが強く明滅を始め、まるで何かを警告するかのよう。その光は、音楽室の窓の外を指し示していた。


「来たわ」

みらいが再びピアノに向かう。

「彼らが、動き始めた」




「校庭に!」

綺羅の声が響く。窓の外、まだ人気のない早朝の校庭に、黒い霧のような何かが渦巻き始めていた。


「これは...歪んだ波動」

みらいの指が、力強く鍵盤を叩く。

「昨日の六本杉神社で感じた波動と同じ」


天井から降り注ぐような振動。床を伝わる不気味な揺れ。アカネの新しいカードが、まるで盾のように赤紫の光を放つ。


「守りの体制を!」

翔が素早く指示を出す。

「双葉さん、柊さんは音楽室の結界を。カズマくんは校舎の監視を」


「私たちは」

綺羅がアカネの横に並ぶ。

「校庭へ」


黒い霧は次第に形を成していく。それは巨大な人影のようでもあり、獣のようでもある。そして、その中心には—。


「あれは!」

アカネが目を見開く。

「星霊カード!?」


霧の中心で、漆黒のカードが不気味な輝きを放っていた。しかし、月斗のカードとは違う。より混沌とした、制御を失ったような波動を発している。


「12年前の...残響」

凛の声が震える。

「封印された波動の一部が、目覚めてしまった」


その時、アカネの新しいカードから、これまでにない強い光が放たれた。赤紫の光が、まるで生命を持つかのように蠢き始める。


「アカネちゃん!」

綺羅が思わず声を上げる。

「カードが...!」




アカネの新しいカードから放たれる赤紫の光は、蠍と蛇の形を描きながら渦を巻いていく。その光は、黒い霧の中心で蠢く漆黒のカードに向かって伸びていった。


『音で応援するわ』

イヤホンを通して、音楽室のみらいの声が響く。

『この旋律に合わせて...』


ピアノの音色が朝もやを切り裂くように響き渡る。それは昨夜、六本杉神社で聴いた星天の協奏曲の一節。


「分かった!」

アカネは新しいカードを掲げる。

「この音に、私のカードが...!」


赤紫の光が旋律に合わせて形を変え、まるで音符のように踊り始める。黒い霧が、その光に反応して揺らめいた。


「綺羅ちゃん!」

アカネが叫ぶ。

「北極星の力を!」


綺羅の北極星のカードが純白の光を放ち、アカネの赤紫の光と交差する。二つの光が織りなす模様は、星天の協奏曲の楽譜そのもの。


『これは...!』

凛の驚きの声が響く。

『昨日の蠍座の楽章が...形になって!』


黒い霧の中の漆黒のカードが、不規則な波動を放ちながら反応する。だが、その動きは昨日の月斗のカードとは全く違っていた。まるで、制御を失った力が暴れているかのよう。


「あれは」

音楽室で監視を続ける翔が気づく。

「12年前、増幅装置の暴走で失われたカードの一つ?」


『その通り』

みらいの声に力が込められる。

『でも、今なら止められる。アカネさん、あなたのカードには、彼らの意思が...!』


アカネは深く息を吸い、両手で新しいカードを掲げる。カードは彼女の決意に呼応するように、さらに強い光を放った。


「お願い...」

アカネの声が、静かに、しかし力強く響く。

「12年前の想いを、私たちに託してくれた星霊術士たちの気持ちを、受け止めさせて!」




朝日が昇り始めた瞬間、アカネの叫びに呼応するように光が爆ぜた。赤紫の輝きが、まるで生命を持つように蠍と蛇の形を成し、渦を巻きながら上空へ昇っていく。


同時に音楽室からは、みらいの奏でる星天の協奏曲が響き渡る。その旋律は、光の動きと完璧に同期していた。


「アカネちゃん、今よ!」

綺羅の北極星の光が、螺旋を描くように赤紫の光と交わる。


『聴こえる...』

凛の声が震える。

『星霊術士たちの声が...』


黒い霧の中心で、漆黒のカードが激しく明滅を始めた。その不安定な波動は、アカネたちの光と接触し、激しい振動を放つ。


『このままじゃ危険!』

音楽室で監視を続ける翔の警告が響く。

『波動が暴走して...!』


その時、予想外の出来事が起きた。


アカネの手の中で、元の蠍座のカードまでもが強く反応を示し始めたのだ。三枚のカード—アカネの新旧のカードと漆黒のカード—が共鳴し、空間に特異な波紋を作り出す。


「これは...」

アカネの目に涙が光る。

「分かる。カードが教えてくれる」


彼女はゆっくりと両手を広げ、三枚のカードの波動を受け止める。


「12年前、あなたたちは選択を迫られた。でも今は違う。私たちがいる。だから...」


アカネの言葉が、まるで呪文のように空気を震わせる。


「帰ってきて!」


その瞬間、漆黒のカードから黒い霧が剥がれ落ちていく。現れたのは、深い青を基調とした新たなカード。表面には水瓶座の印が、静かな輝きを放っていた。


「水瓶座の...カード」

綺羅が息を呑む。


『座標が...消えた』

カズマの報告が入る。

『波動も安定してます』


朝日が校庭を黄金色に染める中、アカネの手の中で三枚のカードが穏やかな光を放っていた。




音楽室に戻ったアカネと綺羅を、メンバーが取り囲む。三枚のカードは、まだ穏やかな余韻を漂わせていた。


「水瓶座...」

翔がノートを開きながら言う。

「12年前の記録では、確かにその存在は示唆されていた」


みらいがゆっくりとピアノから立ち上がる。その表情には、懐かしさと安堵が混ざっている。


「私の同僚だった...水瓶座の継承者のカード」

みらいの声が感慨深げに響く。

「まさか、こんな形で再会することになるなんて」


アカネは三枚のカードを大切そうに見つめる。

「なんだか不思議な感じ。この水瓶座のカード、まるで私たちを待っていたみたい」


「そうね」

凛が窓辺から歩み寄る。

「でも、これは始まりに過ぎないわ。月斗の言葉の意味が、少しずつ見えてきた」


「どういうことですか?」

双葉が首を傾げる。


「失われたカードは、これだけじゃない」

凛の声が真剣さを帯びる。

「そして、それぞれが星天の協奏曲の重要な鍵を握っている」


「つまり」

柊が腕を組む。

「私たちは今、新たな探索の入り口に立っているということ」


その時、朝日が音楽室に差し込み、三枚のカードがキラリと光を放った。


「みんな」

アカネが決意に満ちた表情で言う。

「私、分かったの。このカードたちが教えてくれた。私たちにできること、するべきこと」


校舎に朝のチャイムが鳴り響く。新たな一日の始まりを告げる音が、彼らの新しい冒険の幕開けを示すかのようだった。


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