第21話# 「蠍座の予兆」
金曜日の朝、蠍島アカネは早めに目を覚ました。カーテンを開けると、まだ薄暗い空に、蠍座の星々が微かに輝いているのが見えた。
「おはよう...」
枕元に置いたカードケースを手に取る。中の蠍座のカードは、この数日間ずっと温かさを帯びていた。カードの縁に刻まれた深紅の模様は、まるで脈を打つように、ゆっくりと明滅している。
「明日だね...」
六本杉神社の調査まで、あと一日。この三日間、放課後の音楽室では新しい特訓が続いていた。
「波動を感じて...」
アカネは目を閉じ、みらい先生から教わった通りに深く呼吸する。すると、カードから伝わる温もりが、少しずつ体中に広がっていくのを感じた。
その時、突然カードが強く光を放ち、アカネの意識が別の場所へと引き込まれる。
暗い空間。石造りの祭壇。そして赤い光に包まれた何かが—。
「っ!」
意識が現実に戻った時、アカネはベッドに座り込んでいた。
「今の...幻?」
手の中のカードは、いつも以上に熱を持っている。時計を見ると、まだ登校時間まで少しある。アカネは急いでスマートフォンを手に取った。
「もしもし、綺羅ちゃん?ごめんね、朝早くに...。うん、ちょっと相談があって」
#
「ビジョン?」
音楽室での朝のミーティングで、綺羅が聞き返す。
「うん...」
アカネは今朝見た光景を説明した。集まったメンバーが、真剣な表情で耳を傾けている。
「石造りの祭壇...」
織部翔がノートに書き込みながら考え込む。
「僕の調べた資料によると、六本杉神社には確かにそういった場所があったみたいです」
柊が資料のページをめくる。
「創建時の図面には、本殿の裏手に『星霊の座』という祭壇の記載が。でも、現在は立ち入り禁止になっているはず」
「それって」
双葉が目を丸くする。
「私たち、どうやって...」
「そこは」
カズマが静かに切り出す。
「バイトで神社の清掃を手伝ってるから、宮司さんには話してみます。ちゃんと理由を説明すれば...」
その時、アカネのカードが再び光を放った。深紅の輝きが、音楽室の空気を揺らめかせる。
「また...来る...!」
アカネの目が遠くを見つめる。その瞳に、何かが映し出されているかのよう。
「赤い光...それは上から...いいえ、下から?境界が...揺れている...」
「アカネちゃん!」
綺羅が駆け寄ろうとした時、ピアノの前にいた秋月みらいが、静かに一音を奏でた。
澄んだ音色が響き渡ると、アカネの周りの赤い光が徐々に薄れていく。
「大丈夫?」
双葉がアカネを支える。
「う、うん...ごめんね、みんな」
アカネは少し疲れた表情を見せる。
「でも、今回はもっとはっきりと見えた。祭壇の下に、何かが...」
「波動の干渉ね」
みらいが説明を始める。
「星天の協奏曲の一部が、アカネさんの蠍座の力を通じて、何かを伝えようとしている」
「でも」
柊が心配そうに言う。
「こんな強い反応、大丈夫なんでしょうか」
「だからこそ」
みらいがピアノの前に立ち上がる。
「今日の放課後は、波動の制御について、特別な訓練をしましょう」
放課後の音楽室。夕暮れ前の柔らかな光が差し込む中、アカネは目を閉じ、ピアノの音色に意識を集中していた。
「呼吸を整えて」
みらいの指が、静かに鍵盤を奏でる。
「波動は、あなたの中を自然に流れるもの」
周囲のメンバーも、それぞれのカードを手に、アカネの訓練を見守っている。
「今度は...」
みらいの演奏が、少しずつ強さを増していく。
「波動が強くなってきた時、それを受け止めるのよ」
アカネの手の中で、蠍座のカードが赤く輝き始める。今度は朝のような激しい反応ではなく、穏やかな光だ。
「そう、その調子」
みらいの言葉に導かれるように、アカネは波動を感じ取っていく。
「あ...」
アカネの声が、静かに部屋に響く。
「また、見えてきた...でも、今度は違う。もっと...穏やかに」
「映像を言葉にしてみて」
みらいが優しく促す。
「祭壇の...下。そこには階段があって...」
アカネの言葉が、まるで遠くから届くように聞こえる。
「螺旋を描いて...どこまでも続いているみたい」
「螺旋の階段...」
翔が素早くメモを取る。
「地下への入り口、ということでしょうか」
その時、不意に窓ガラスが大きく揺れ、異様な音が響いた。まるで誰かが爪で引っかくような—。
「っ!」
アカネの目が見開かれ、カードの光が激しく明滅する。
「焦らないで」
みらいの指が、新たな旋律を奏で始める。
「その波動を、ゆっくりと...」
綺羅が立ち上がり、窓際へ向かう。外には何も見えない。だが、確かに何かが—。
「綺羅ちゃん、窓から離れて!」
柊の声が響いた瞬間、窓の外に巨大な影が現れた。
蠍の形をした、真っ赤な影—。
巨大な蠍の影が、夕暮れの光を遮るように音楽室の窓を覆う。真紅の輪郭を持つその姿は、まるで実体を持たない幻のようでありながら、確かな存在感を放っていた。
「みんな、後ろに!」
綺羅は北極星のカードを掲げる。純白の光が部屋を満たす。
「待って」
みらいの声が、静かに響く。
「これは...敵じゃないわ」
ピアノの音色が変化する。みらいの指が紡ぎ出す旋律は、まるで蠍の影と対話するかのよう。
「アカネさん」
みらいが言う。
「あなたのカードを」
アカネは震える手で蠍座のカードを前に掲げる。すると、窓の外の影が、ゆっくりとカードに反応を示し始めた。
「これは...星霊の具現化?」
翔が目を見開く。
「でも、こんな巨大な...」
「違うわ」
突然、星見凛の声が響く。銀色の光が部屋の隅に集まり、彼女の姿が浮かび上がる。
「これは記憶。12年前の、星霊術士たちが残した」
蠍の影が、まるでそれに応えるように、ゆっくりと動き始める。その尾が、何かを指し示すように伸びていく。
「方角...」
カズマが呟く。
「六本杉神社の方向を指している」
「そう」
凛が言葉を継ぐ。
「そして、もう一つ。アカネ、よく見て」
アカネが目を凝らすと、蠍の影の中に、微かな光の筋が見えた。まるで楽譜のような、複雑な線が。
「これって...星天の協奏曲?」
アカネの声が震える。
「その一部ね」
みらいが演奏を続けながら説明する。
「12年前、星霊術士たちは力を失う前に、楽章を分割して隠した。そして、その記憶の一部が、こうして具現化している」
「でも、なぜ今...」
双葉が不思議そうに首を傾げる。
その時、蠍の影が突然、大きく揺らめいた。尾が指し示す方向から、不穏な波動が押し寄せてくる。
「これは...!」
凛の表情が変わる。
「六本杉神社で、何かが」
アカネの蠍座のカードが、これまでにない強い光を放ち始めた。
「明日」
凛が真剣な面持ちで言う。
「予定より早めに、神社に向かった方がいい。何者かが、封印に触れようとしている」
夕暮れの空に、蠍の影が溶けていく。残されたのは、重苦しい空気と、まだ余韻を残すピアノの音色。そして、これから直面するであろう試練の予感だった。
「今夜中に確認するべきね」
みらいがピアノから立ち上がる。
「でも、全員で行動するのは危険かもしれない」
「では」
翔が素早く状況を整理する。
「まず、カズマと私で下見を。カズマは神社のことをよく知っているし、僕は資料で調べた情報がある」
「私も行きます」
アカネが一歩前に出る。その目は、普段の明るさとは違う、真剣な光を宿していた。
「蠍座のカードが...私を導こうとしているの」
「私たちは」
双葉が柊と視線を交わす。
「音楽室に残って、みらい先生と波動の監視を」
綺羅は一瞬、迷いの色を浮かべる。チームを分けることへの不安。でも—。
「綺羅」
凛の声が静かに響く。
「あなたはアカネたちと行って。北極星の力が必要になるわ」
「はい」
綺羅は強く頷いた。
「じゃあ、19時に神社の裏門で」
カズマが地図を確認する。
「人目につかないように、ここから回り込めます」
「気をつけて」
柊が心配そうに言う。
「何かあったら、すぐに連絡を」
その時、アカネのカードが再び反応を示した。だが今度は、ゆっくりとした、穏やかな輝き。
「大丈夫」
アカネが微笑む。
「きっと、私たちを導いてくれる」
夕闇が迫る空を見上げながら、綺羅は思った。これが新星霊団、初めての実戦。そして、星天の協奏曲の謎に迫る、最初の一歩—。
「あ、そうだ」
翔がバッグから何かを取り出す。
「みんなで使えるように、無線イヤホンを用意してました。これで常に連絡が...」
「さすが」
みらいが微笑む。
「では、作戦開始ね」
六本杉神社の裏門は、古びた木々に囲まれ、薄暗い雰囲気を漂わせていた。夜風が枝を揺らし、かすかな音を立てる。
『通信確認、聞こえる?』
イヤホンを通して、双葉の声が響く。
「うん、クリア」
翔が小声で答える。
「こちらは予定通り集合完了。カズマ、道案内を」
カズマは懐中電灯を取り出し、薄暗い参道を照らす。その光に、アカネの蠍座のカードが反応して赤く輝いた。
「消して!」
綺羅が急いでカズマの手を押さえる。
「カードの光だけを頼りに」
アカネのカードは、まるでそれに応えるように、かすかな赤い光で道を示し始める。四人は息を潜めながら、その光に導かれて進んでいく。
神社の本殿が見えてきた時、イヤホンに柊の声が入る。
『気をつけて。音楽室で波動の変化を感じ始めたわ』
その時、アカネが立ち止まった。彼女のカードが、これまでより強く脈動を始める。
「ここ...」
カズマが呟く。
「本殿の裏手。でも、普段は立ち入り禁止で」
言葉が途切れた瞬間、異変が起きた。アカネのカードから放たれる赤い光が、まるで生き物のように地面を這い始めたのだ。
『何かが起きてる?波動が急激に...』
みらいの声が響く。
光の筋は、本殿の裏の藪に向かって伸びていく。そこには、苔むした石段が。
「資料通り」
翔が小声で言う。
「星霊の座への階段」
だが、その時。
「誰かいる!」
綺羅の警告と同時に、石段の向こうから人影が現れた。月光に照らされたその姿は、黒いマントのような衣装に身を包んでいる。
『気配を感じる...気をつけて!』
凛の声が緊張を帯びる。
見知らぬ人物は、石段の前で立ち止まると、ゆっくりと振り返った。その手には—。
「星霊カード!?」
アカネが思わず声を上げる。
マントの人物の手には、漆黒に輝くカードが握られていた。そして、彼らの方へと向けられる。
「やはり、来ると思っていたよ」
マントの人物が低い声で言う。その声は、どこか若々しさを感じさせた。
「特に、蠍座の継承者」
アカネは思わず一歩後ずさる。その時、イヤホンからみらいの声が響く。
『落ち着いて。敵意は感じないわ』
「貴方は...」
綺羅が一歩前に出る。
「私は...」
マントの人物がゆっくりとフードを取った。月明かりに照らし出されたのは、彼らと同年代ほどの少年の姿。漆黒の髪に、深い紫の瞳。
「蛇遣座の継承者。篝崎月斗」
『蛇遣座...!』
凛の声が驚きを帯びる。
『12年前に失われたはずの...』
「失われてない」
月斗が静かに言う。
「ただ、隠れていただけ。そして今、私たちの出番が来た」
その言葉に、空気が張り詰める。月斗の手の中で、漆黒のカードが不気味な輝きを放つ。
「待って」
翔が声を上げる。
「僕たちは星天の協奏曲を探している。もしかして、あなたも?」
月斗の表情が、かすかに変化する。
「探している...か。君たちには、本当の意味が分かっているのかな」
「本当の意味?」
アカネが問いかける。その時、彼女の蠍座のカードと、月斗の漆黒のカードが共鳴を始めた。赤と黒の光が交差する。
「見せてあげよう」
月斗がカードを掲げる。
「12年前、星霊術士たちが見た、真実を」
突如、石段から異様な波動が放たれる。地面が揺れ、古い石が軋むような音を立てる。
『これは...!』
音楽室にいる双葉の声が震える。
『急いで!なにか、大きな力が...!』
石段の下から、紫がかった光が漏れ始めた。それは次第に強さを増し、まるで地下から何かが目覚めるかのよう。
「さあ」
月斗が石段を下り始める。
「蠍座の継承者、君の選択の時間だ」
アカネは、自分のカードを見つめる。そこには確かな意思のような、メッセージが込められているように感じられた。
「アカネ!」
綺羅が声を上げる。だが、アカネの目は、すでに決意に満ちていた。
「私...分かった気がする」
アカネは蠍座のカードを胸に抱く。カードの深紅の光が、彼女の全身を包み込んでいく。
「このカードが教えてくれた。今、何をすべきかを」
『その判断...正しいわ』
みらいの落ち着いた声がイヤホンに響く。
『アカネさんの波動が、とても澄んでいる』
月斗が階段の途中で立ち止まり、振り返る。
「では、来るんだね」
「ええ、でも—」
アカネが一歩前に出る。
「一人じゃない。みんなと一緒に」
綺羅、翔、カズマが頷き、アカネの横に並ぶ。
「面白い」
月斗の口元に、かすかな笑みが浮かぶ。
「12年前、星霊術士たちは孤独な選択をした。でも君たちは...」
石段から放たれる光が、さらに強さを増す。地面の振動も激しくなってきた。
『気をつけて!』
柊の声が響く。
『波動が、限界に—』
その瞬間、アカネの蠍座のカードから放たれた赤い光が、まるで道を示すように階段を照らし出す。それは月斗の漆黒のカードとも共鳴し、紫がかった光と交わっていく。
「これは...」
翔が目を見開く。
「まるで、音符のような」
確かに、二つの光が描き出す模様は、どこか楽譜のような形を示していた。
「星天の協奏曲の一部」
月斗が説明する。
「でも、これを読み解くには...代償が必要になる」
『気をつけて!』
凛の声が緊張を帯びる。
『あの場所には、強力な封印が...』
言葉の途中、突如として階段全体が大きく震動を始めた。古い石材が軋むような音を立て、階段の隙間から紫の光が噴き出す。
「もう、待ったはきかない」
月斗が言う。
「扉が開こうとしている。さあ、どうする?」
アカネは仲間たちと視線を交わし、静かに頷いた。彼女のカードが、さらに強い光を放ち始める。
「行きましょう。でも—」
アカネの声が、強い意志を帯びる。
「みんなと一緒に、真実を確かめに」
石段を降りていく足音が、不思議な反響を生む。アカネと月斗のカードが放つ光が、螺旋を描く階段を照らし出していく。
『気をつけて』
イヤホン越しの双葉の声が震えている。
『波動が、どんどん強くなって...』
「この階段」
翔が壁面を観察しながら言う。
「螺旋というより...音の波形のような」
確かに、壁に刻まれた模様は、音波のグラフのように見える。その模様が、二人のカードの光に反応して淡く輝きだした。
「見て!」
カズマが指差す先で、壁の模様が立体的に浮かび上がり始める。
「これは...楽譜?」
綺羅が目を凝らす。
「ただの楽譜じゃない」
月斗が立ち止まり、壁に手を当てる。
「星霊波動を音符に変換した暗号。12年前、私の師が最後に残した」
その瞬間、地下からの振動が激しさを増した。紫の光が渦巻くように階段を駆け上がってくる。
『危険よ!』
凛の声が響く。
『その光は—』
言葉が途切れた瞬間、アカネの蠍座のカードが激しく反応する。深紅の光が爆ぜるように広がり、空間全体を包み込んだ。
「うっ...!」
意識が遠のきかける中、アカネの耳に、どこからともなく旋律が聞こえてくる。悲しみと、祈り、そして希望が混ざり合ったような音色。
視界が戻った時、彼らの目の前には—。
「これが...星霊の座」
巨大な円形の広間。天井まで届く六本の柱が、まるで星座の光のように輝いている。中央には石造りの台座があり、その上で、一冊の古びた譜面が浮かんでいた。
「12年前、星霊術士たちが封印したもの」
月斗が静かに言う。
「蠍座の楽章。でも、これを開くには—」
その時、譜面が突如として強い光を放ち、広間全体に衝撃波が走る。
『みんな!音楽室でも異変が...!』
みらいの声が途切れ途切れに届く。
『この波動は...まさか...!』
アカネのカードが、制御できないほどの光を放ち始めた。その光は、月斗の漆黒のカードとも共鳴し、二つの光が螺旋を描くように、譜面へと向かっていく。
「決断の時ね」
月斗の表情が厳しさを増す。
「君たちに、覚悟はある?」
空間を揺るがす波動の中、アカネは浮かぶ譜面を見つめていた。蠍座のカードが放つ深紅の光が、彼女の決意を映すように強く脈打つ。
「覚悟...?」
アカネの声が、不思議な響きを帯びる。
「私には、仲間がいる。それが私の覚悟です」
その言葉に呼応するように、綺羅の北極星のカードが純白の光を放った。
『アカネ!その譜面には触れないで!』
凛の切迫した声が響く。
『あれは—』
だが、その警告の途中、予想外の出来事が起きた。
広間の六本の柱が突如として強い輝きを放ち、その光が螺旋を描くように中央へと集まり始めたのだ。譜面が、まるで意思を持つかのように、ゆっくりとページを開く。
「これは...」
月斗の表情が変化する。
「まさか、共鳴者が複数...」
音楽室にいる双葉と柊のカードも反応を示し始めたのか、イヤホンからかすかな双子座の波動が伝わってくる。
『施設...』
みらいの声が響く。
『12年前、星霊術士たちは音楽を使って...』
「分かります」
アカネが静かに頷く。
「このカードが...蠍座の歴史が...教えてくれる」
譜面から放たれる光が、アカネと月斗のカードに絡みつくように伸びていく。その瞬間、二人の目に映像が流れ込んでくる。
施設で行われる実験。星霊波動を増幅させる装置。そして、制御を失い暴走する力—。
「12年前、彼らは...」
月斗の声が震える。
「暴走を止めるため、自らの力を...」
だが、その言葉が途切れた瞬間。
「みんな、伏せて!」
カズマの警告と同時に、天井から巨大な衝撃波が降り注ぐ。轟音と共に、見知らぬ力が空間を引き裂くように広がっていく。
『アカネさん!早く!』
みらいの必死の声。
『譜面を...!』
アカネは咄嗟に判断した。蠍座のカードを掲げ、全身に力を込める。深紅の光が彼女の意志と共に譜面へと向かう。
その時、月斗も漆黒のカードを掲げていた。二つの光が交差する瞬間—。
深紅と漆黒の光が交差した瞬間、譜面から眩い光が放たれた。その輝きは、まるで星々が一斉に瞬くかのよう。広間全体が、光に包まれていく。
「これは...!」
綺羅が思わず目を見開く。光の渦の中で、蠍座のカードと蛇遣座のカードが共鳴を始めた。二つの光が織りなす模様は、確かな旋律を描き出していく。
『見える...』
音楽室のみらいの声が、澄んだ響きを帯びる。
『星天の協奏曲...蠍座の楽章が...』
地下からの衝撃波は、いつしか静まっていた。代わりに、空間全体に穏やかな波動が満ちていく。それは、まるで星々の子守唄のよう。
「私たちの選択は」
月斗が静かに言う。
「12年前とは違う道を示したようだね」
譜面は光と共に形を変え、新たな姿となって現れる。それは一枚の星霊カード。蠍と蛇が調和を保つように描かれた、深い赤紫色のカード。
『これが本来の形...』
凛の声が感動を帯びる。
『星霊術士たちが望んだ、真の姿』
アカネは、ゆっくりと手を伸ばす。新たなカードは、まるで彼女を待っていたかのように、静かに手の中に収まった。
「暖かい...」
アカネの目に、涙が光る。
「まるで、みんなの心が一つになったみたい」
月斗は黙ってその様子を見つめ、そっと頷く。
「これで分かったよ。君たちなら、きっと—」
その時、イヤホンに双葉の声が響いた。
『みんな!神社の周りで、異常な波動が...!』
六本の柱が不気味な軋みを立て、広間の空気が急激に変化し始める。
「急いで!」
カズマが叫ぶ。
「この場所が、崩れそうだ!」
全員が急いで階段を駆け上がり始めた時、月斗の声が響く。
「蠍座の継承者」
振り返ると、月斗は既に影の中に溶けかけていた。
「また会おう。そして...気をつけて。これは始まりに過ぎない」
地上に戻った時、夜空には無数の星が瞬いていた。アカネは手の中の新しいカードを見つめる。そこには確かな希望と、そして新たな謎が刻まれていた。
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