第5話「蠍座の告白」



学校の中庭に、桜の花びらが舞っていた。


「ねぇねぇ、新入生の話聞いた?」

天宮双葉が弁当を広げながら話し始める。

「すっごく美人な子が転入してくるんだって」


「双葉、また噂好きだね」

天宮柊がため息をつく。

「でも、この時期の転校は珍しいかも」


星川綺羅は黙って二人の会話を聞いていた。秋月みらいから聞いた話が気になっている。星霊大会の裏で行われている実験のこと。そして、星霊術士が侵蝕者に変えられているという事実。


「綺羅ちゃん、食べないの?」

双葉の声で我に返る。

「あ、ごめん...」


その時、中庭に異様な静けさが広がった。


視線の先には、一人の少女が立っていた。漆黒の長髪が風に揺れ、深紅の瞳が周囲を冷たく見つめている。制服姿なのに、どこか妖しい雰囲気を漂わせていた。


「新入生...?」

柊が呟く。


少女は真っ直ぐに綺羅たちの方へ歩いてきた。


「星川綺羅さん?」

涼し気な声音。

「私、蠍島アカネ。今日から同じクラス」


「あ、よろしく...」


その瞬間、綺羅の胸のカードが反応する。アカネの唇が小さく歪んだ。


「やっぱり」

アカネは静かに呟いた。

「あなたね。北極星の...」


双葉と柊が咄嗟に綺羅の前に立ちはだかる。


「何の用?」

柊の声が冷たい。


「敵意を向けないで」

アカネは両手を上げて、無害を示す。

「仲間になりたいの」


そう言って、アカネは自身のカードを取り出した。深紅の紋章——蠍座の印が刻まれている。


「蠍座の星霊術士...」

綺羅が息を呑む。


「大会のこと、教えて」

アカネの表情が真剣になる。

「私も...真実を知りたいの」


「真実?」


「放課後、裏庭に来て」

アカネは背を向けながら告げる。

「あなただけ」


「ちょっと待って!」

双葉が声を上げる。

「そんな怪しい誘いに...」


「行きます」


綺羅の突然の返事に、全員が驚いた表情を見せる。


「私も...知りたいことがあるから」


アカネはクスリと笑うと、桜の花びらと共に去っていった。その背中には、何か暗い影が見え隠れしているような気がした。


「綺羅ちゃん、本気?」

双葉が心配そうに尋ねる。

「ううん、私たちも一緒に...」


「大丈夫」

綺羅は空を見上げる。

「なぜか分からないけど...話を聞かなきゃいけない気がするの」


昼下がりの桜が、不穏な予感を優しく包み込んでいた。





夕暮れの裏庭に、アカネは一人佇んでいた。


「来てくれたのね」

背を向けたまま、アカネが声をかける。


「聞きたいことがある」

綺羅は真っ直ぐにアカネを見つめた。

「大会で何が起きているの?」


アカネの肩が小さく震える。そして、ゆっくりと振り向いた瞬間——


「っ!」


綺羅の体が動かなくなった。


「毒針の効果よ」

アカネがカードを取り出す。

「蠍座の特殊能力」


「どうして...」


「ごめんなさい」

アカネの声が震える。

「でも、これも任務だから」


突然、空間が歪み始める。そこから現れたのは、黒いローブを着た人影だった。


「よくやった、アカネ」

低く歪んだ声。

「これで北極星の力が我々のものに...」


その時だった。


「スターリンク・シールド!」


眩い光が放たれ、綺羅の周りにバリアが形成される。


「なっ!」

黒ローブが驚きの声を上げる。


「やっぱりね」

木陰から姿を現したのは、織部翔だった。

「罠だと思って、見張っていたんだ」


続いて双葉と柊も姿を現す。


「綺羅ちゃん、大丈夫!?」

「毒は...私が解くわ」


柊が浄化の術を唱える。綺羅の体から、徐々に動きが戻ってくる。


「くっ...」

アカネが唇を噛む。

「やっぱり、私には無理だった」


「アカネ、もういい」

黒ローブが冷たく告げる。

「用済みだ」


黒いオーラがアカネの体を包み込み始める。


「やめて!」

綺羅が叫ぶ。

「アカネさんを離して!」


「私は...もういいの」

アカネの声が虚ろになっていく。

「どうせ私は...裏切り者だから」


その時、綺羅の胸から北極星のカードが浮かび上がった。純白の光が、アカネを包み込む。


「違う!」

綺羅の声が響く。

「私には分かる。アカネさんの心の叫びが!」


光の中で、アカネの記憶が紡がれる。


——大切な人を救うため、組織の言いなりになっていた日々。

——本当は誰も傷つけたくなかった想い。

——そして、北極星の力に賭けた最後の希望。


「アカネさんは...誰も傷つけたくなかったんだ」

綺羅の声が優しく響く。

「だから、わざと気配を出して。みんなに気付いてもらおうとして」


「私が...?」

アカネの目に、涙が光る。


「そうよ」

傍らで、柊が静かに告げる。

「あなたの演技は、少し大げさすぎた」


「あんまりにも怪しかったよ~」

双葉が笑顔で付け加える。


「くっ...まさか」

黒ローブが唸る。

「アカネ、お前まさか初めから...」


「ふふ...」

アカネの口元が歪む。

「さぁ、どうでしょう?」


その瞬間、アカネの体から深紅の光が放たれる。黒いオーラが弾き飛ばされ、彼女本来の姿が現れる。


「私ね、決めたの」

アカネが静かに告げる。

「もう、誰にも使われない。自分の意志で、戦うって」


「いいぞ、それ」

翔が笑みを浮かべる。


「なら、共に戦いましょう」

綺羅が手を差し伸べる。

「私たちの仲間として」


アカネは一瞬躊躇したが、すぐに綺羅の手を取った。


「許して...くれる?」

「当たり前だよ!」

双葉が明るく笑う。

「これでチーム、また一人増えたね!」


黒ローブは既に姿を消していた。だが、その存在は新たな脅威を予感させるものだった。


「綺羅」

アカネが真剣な表情で告げる。

「組織のこと、全て話すわ」


夕陽が沈み行く空に、新たな絆が生まれた瞬間だった。


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