第4話「天秤座の選択」



図書室の窓から差し込む夕陽が、本の背表紙を優しく照らしていた。


「星霊大会か...」


星川綺羅は、図書室の隅で一冊の本を開いていた。『星霊術士の歴史と伝統』——織部翔から借りた本だ。


「星霊術士たちが力を競い合う大会...」

もう一度、レオとの戦いを思い出す。あの圧倒的な力の差。

「私は...本当に戦えるのかな」


「悩んでいるようね」


突然の声に、綺羅は飛び上がりそうになった。


振り向くと、そこには見知らぬ少女が立っていた。長い黒髪を後ろで束ね、知的な印象を漂わせている。制服の胸には生徒会長のバッジが輝いていた。


「あ、あの...」


「秋月みらいよ」

少女は穏やかな微笑みを浮かべる。

「生徒会長をしている、3年生」


「先輩...」


その時、綺羅の胸のカードが反応した。みらいはそれに気付いたように、さらに微笑みを深める。


「私も、ね」


そう言って、みらいは一枚のカードを取り出した。天秤座の紋章が刻まれている。


「天秤座の...!」

「ええ。正義と調和を司る星座」

みらいは静かに頷く。

「だからこそ、あなたに伝えなければならないことがあるの」


みらいの表情が真剣になる。


「星霊大会には、参加しない方がいい」


「え...?」

「今年の大会は、ただの競技会ではないわ」

みらいの声が低くなる。

「危険が迫っているの。特に、北極星の力を持つあなたには」


「でも...」


その時、急に校内放送が鳴り響いた。


『緊急連絡。只今、何者かが校舎に侵入。生徒は速やかに...』


放送が途中で途切れる。と同時に、異様な気配が図書室全体を包み込んだ。


「来たわ」

みらいの表情が引き締まる。

「これが、私が警告した理由よ」


図書室の扉が音を立てて開く。そこには...人の形をしているが、明らかに人ではない存在が立っていた。


「侵蝕者...!」

綺羅が声を上げる。

「でも、昼間に...!」


「昼夜を問わず現れるようになった」

みらいが説明する。

「そして、あなたを狙って」


侵蝕者は、ゆっくりと二人に近づいてくる。その姿は今までのものとは違い、より人型に近く、そして...どこか知性を感じさせた。


「星霊共鳴!」


みらいの声が響く。眩い光の中、彼女の姿が変化していく。銀と青を基調とした装束。背中には天秤を模した羽が広がっていた。


「私が相手をするわ。綺羅さんは——」


言葉が途切れる。侵蝕者の背後に、さらに二体の影が現れ始めていた。


「く...」

みらいが歯を食いしばる。

「やっぱり、罠だったのね」


「秋月先輩!」

綺羅も北極星のカードを取り出す。

「私も戦います!」


「待って」

みらいが制止する。

「まだ言っていなかったけど...この侵蝕者たち、元は星霊術士だった可能性があるの」


「...え?」


その衝撃的な告白に、綺羅の手が震える。




「元は...星霊術士?」


綺羅の声が震える。目の前の侵蝕者たちをあらためて見つめる。確かに、その動きには明確な意思が感じられた。


「どういうこと...なんですか?」


「大会の裏で、禁断の力を使った実験が行われているの」

みらいが説明を始める。

「星霊術士の力を、強制的に暗黒に変える実験」


その時、侵蝕者の一体が動きを見せた。みらいは優雅に身をかわし、天秤の力で防壁を展開する。


「でも、なぜ...」


「星霊術士の力には、まだ解明されていない部分が多いわ」

みらいの声が沈む。

「その謎を解き明かそうとする者たちが...ね」


再び侵蝕者が襲いかかる。みらいは天秤の力で相手を押し返すが、三体を相手に苦戦は明らかだった。


「私も...!」

綺羅が変身しようとする瞬間。


「やめて!」

みらいの悲痛な声が響く。

「もし本当に元星霊術士なら、倒してしまえば...取り返しがつかないわ」


「でも、このまま...!」


その時、侵蝕者の攻撃がみらいを直撃。彼女は図書室の壁に叩きつけられた。


「秋月先輩!」


綺羅の目の前で、選択を迫られる状況。戦わなければ先輩が危険。でも、戦えば取り返しのつかないことに...。


その時、胸のカードが温かく脈打った。そして、不思議な声が聞こえてきた。


「正しさは、時に二つの顔を持つ」

「だが、心の導きを信じよ」

「汝の選択こそが、道を示す」


綺羅は深く息を吸い、静かに目を閉じた。


「...分かりました」


「星霊共鳴!」


純白の光が図書室を満たす。しかし、今回は何か違っていた。その光は、より柔らかく、包み込むような温かさを帯びていた。


「スターリンク・ヒーリング!」


放たれた光は、攻撃的なものではなく、まるで優しく包み込むようなものだった。侵蝕者たちの体が、その光に包まれる。


「これは...!」

みらいの目が見開かれる。


侵蝕者たちの体から、黒い靄のようなものが剥がれ落ちていく。そして、その下から人の姿が現れ始めた。


「癒しの力...」

みらいが呟く。

「北極星には、そんな力があったの...」


光が収まると、そこには三人の少年少女が倒れていた。みらいは急いで駆け寄り、脈を確認する。


「無事よ。ただ眠っているだけ」

安堵の表情を浮かべるみらい。

「あなた、すごいわ」


綺羅はほっと息をつく。

「北極星が...教えてくれたんです。戦うだけが、解決じゃないって」


「そうね」

みらいが立ち上がる。

「私の判断が間違っていたわ。あなたには、大会に出る資格が十分にある」


「え?」


「むしろ、あなたの力が必要なの」

みらいの表情が真剣になる。

「大会の裏で何が起きているのか、それを暴くために」


夕陽が図書室を赤く染める中、新たな決意が芽生えていた。


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