1ミリ
まっく・えむ
1ミリ
★陸上県大会 女子走り幅跳び決勝
次が最後の跳躍だ。インターハイに出るためには、自己ベストを1ミリだけ更新する必要がある。
風は無風。身体の調子はバッチリだし、メンタル面も上々。「追い込まれた」とは感じない。「ここで決めたら、アタシ、カッコよくね?」と考える。
助走に入った瞬間、周囲の音が消えた。
いつもより助走のスピードのノリがいい。それを感じて、踏み切りを合わせにいける自分を第三者的に見えている。スローモーションのような時間の中で、踏み切り板ギリギリを狙った後、目線を前に、いや、上に挙げる。
自分なりのベストの踏み切りができた。
胸を空に当てるように。
空中で大きく空を駆ける。
限界まで反り、そして腹筋を限界まで使って前屈姿勢で着地。
会心の跳躍だった。砂に残された着地跡を確認し、自己ベストを5センチは更新したのを見て、思わずガッツポーズがでた。
音が帰ってきた。
聴こえてきたのは、歓声ではなくざわめきだった。
踏み切り位置の審判が赤旗を揚げている。
「なんで?」
茫然とするアタシの視界に、風向風速計の「追い風1メートル」との表示が目に入る。
踏み切り板から目を切ったゼロコンマ何秒で追い風に押され、アタシのつま先は踏み切り板を1ミリ超えたらしい。
この瞬間、アタシの高校陸上は終わった。
悔しさがないわけじゃない。けど、3年間、精一杯やってきた満足感のほうが強くて、涙は出なかった。けど、監督やコーチ、仲間達がアタシのことで泣いてくれるのを見て、泣いてしまった。
たった1ミリだけど、大きな1ミリだった。
けど、アタシの人生はまだまだ続くんだ。この1ミリに泣かされた経験を糧に、大きく羽ばたいてやるんだ。
『1ミリなんて小さいこと気にすんな』って言える大人に、アタシはなるんだ。
1ミリ まっく・えむ @makmuta
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