第48話

 ユウタが元気でやっているかを知りたかっただけだと立花さんは寂しそうに笑って、去っていった。

 会社の近くのカフェから、いつもと同じ電車に乗って、帰宅する。玄関には畳まれた段ボールが立て掛けられている。

 わたしは、二週間後にこの部屋を去る。

 着替えて、簡単なものを作って食事を終えた後で、荷造りをする。仕事の合間の作業はなかなか進まず、寝室のクローゼットにようやく手を伸ばした。

 綺麗に丸められたポスターや、フォトカードセット、缶バッヂ。頭がおかしいというユウタの暴言さえ懐かしい。それらを避けて、クローゼットにある荷物を段ボールに詰めていった。

 シャワーを浴びて、パジャマに着替えて、ソファーに座る。室内はひどく静かだ。ユウタと過ごしていた頃の癖が抜けないまま、テレビを付ける習慣はなくなってしまった。テーブルに置きっぱなしのタブレットで、メイクラブポケットのアプリを開く。


〈最近、更新がないですね〉

〈もしかして別れちゃったのかな〉

〈早くラブラブなゆうひなが見たいです〉


 コメントは毎日のように届いていた。

 今ではもう、セックス動画はもちろん、ショート動画を見返す事すらない。思い出を振り返る事によって、喪失の事実を認めてしまいそうで。

 ユウヒなチャンネルの丸いアイコンは、顔バレ対策として無難なフォント画像にしていた。動画以外で、わたし達が二人並んだ写真なんてひとつもなかった。

 スクロールしていくごとに現れる言葉達。好意的なコメントもあれば、そうでないものも当然ある。


〈こいつら、ビジネスカップルだったりして〉


 そうだよ。

 思わずタブレットを両手で抱えた。

 わたし達、ただのビジネスカップルだった。セックスを利用してはいけなかった。五年前も、このチャンネルでも。


 ――後悔していない。俺が選んだ道だ


 沸き上がった涙を手の甲で拭いて、タブレットと向き合う。

 お金のためとはいえ、好意的なコメントにはずいぶんと助けられた。撮影に対するモチベーションはあがったし、それによってユウタとの時間をスムーズに過ごせたと思う。母ですらくれなかった肯定を、顔も知らない視聴者達は、時には言葉で、時には再生回数で、惜しみなく与えてくれた。

 偽りだけで構成されていたわけじゃない。ユウタとの時間は、心に刻みつけられている。だから、


〈チャンネルを削除しますか?〉


 イエスのボタンをタップした。


〈このチャンネルは削除されました〉


 バイバイ、ありがとう。

 閉められたカーテンの向こうから夜の気配が漂ってくる。ユウタも同じ空の下で、夜を過ごしているだろうか。

 わたしは、わたしの道を選ぼう。タブレットをテーブルに置き、新しい段ボールを組み立て始めた。荷造りは、まだ終わらない。

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