第47話

 カフェはわたしが指定した。いきなり変な場所に連れ込まれるとは思っていないけれど、念のためだった。


「ユウタはどこ?」


 注文が終わるや否や、二人掛けの席の目の前に座った立花さんが訊ねてきた。


「知らないです」

「知らないわけないでしょう。あなたほどのストーカー体質の女が」


 それはこっちのセリフだとむっとしたが、テーブルの下で両手をぎゅっと握りしめるだけに留めた。

 少なくとも、ユウタは連絡先となるスマホを変えていない。その証拠に、ときどき送る写真には必ず既読マークが付けられていた。


「むしろ……、わたしは、ユウタはあなたの所に帰ったのかもしれないと思っていました」

「馬鹿な事言わないで。あの子はあたしを嫌っているのよ」

「でも……、ジャンフラが解散した後も、ずっと一緒にいたんでしょう?」

「金のため、生きていくため。あの子にとって、あたしはそれだけの価値しかなかった」


 黒いエプロンを付けた店員が、コーヒーの入った二つのカップを置いてくと、立花さんが突然、両手で顔を覆った。


「後悔してる……」


 赤いネイルが綺麗だな、なんて、この場にそぐわない事をわたしは考えながら立花さんの話を聞いた。


「あの子を愛していたの。試してばかりいた。あの子は文句ひとつ言わなかったわ。でも……」


 立花さんはうつむいたまま、ゆっくりと顔から両手を離した。


「ちょうど一年前、愛想をつかされてしまった。……あたしが、悪かったの」

「何があったんですか」

「他の、若い男の子の存在をチラつかせたの。うちの事務所で、新しいアイドルグループを作ろうか考えている時で、あたしはスカウトをしていた。あの子と同じような、不幸を背負った子だったら簡単に捕まえられるのよ。そしたら、ユウタが……」


 ――じゃあ、俺はもう用無しだね


 爽やかな笑顔を残して、ユウタは消えた。所持金なんてほとんどなかったはずだった。


「きっと住み込みや日雇いのバイトで食いつないでいたんだと思うわ。あたしは必死に探したのよ。そして、見つけたの」


 それが〈ユウヒなちゃんねる〉だったという。


「因果応報だった。全部、あたしが教えた事だった。容姿も歌もダンスも、セックスだって、金になるものだと」

「でも……」


 両手でカップを持って、わたしは言った。


「ユウタは後悔していません」


 湯気の少なくなったコーヒーを、ゆっくりすする。


「あなたと過ごした時間だって、ユウタ自身が決めてきた事だから」


 ほどよい苦みと酸味が身体の中に充満する。

 立花さんもわたしにならうようにカップを手に持ち、コーヒーカップに口を付けた後、ゆっくりと息を吐いた。


「年末に、一度だけユウタが訊ねて来たわ。お金を置いていった。五年間の生活費ですって。……あたしが間違っていたのね」


 しっかりアイシャドウを施された目元が赤く見えて、敵だと思っていたはずなのに急に親近感を抱いてしまった。

 このひとは、ユウタを愛していた。それは間違いなかった。

 ただ、愛し方を間違えただけで。

 急に、母を思い出した。会社を辞めると宣言した夜から、母からの連絡はない。もともと、春のトラブルから母はわたしを見限っているように見えたけれど、でも。

 わたしはコーヒーを飲み干した。店内では、滑らかなクラシックが流れている。

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