第41話
「ここまで来れば大丈夫だよな」
わたし達の住むマンション前で、ユウタが言った。
「どういう意味?」
「俺は引き返す。おまえは、家に帰れ」
「何言ってんの? 意味分からない! わたしが何の為にあの事務所に行ったと思ってるの」
まくしたてるように言うと、ユウタは深くため息ついた。
「頼んでねーよ」
すぐ近くの公園からは、子供達のはしゃぐ声が聴こえた。砂場で遊んでいる子供、広場でボール遊びをしている子供、走り回っているうちに転んだ子供が泣き声をあげ、ベンチに座っていた母親が宥めている。
「妃奈子は、さ」
公園に視線を向けていたユウタが、ぽつりと言った。
「妃奈子には、家族がいるだろ」
ざっと風が吹き抜け、葉を落とした街路樹がざわざわと波打った気がした。
「俺とは住む世界が違う。おまえの母親に会って、痛いほど分かった」
母が突然やって来たのは先週の金曜日。その日からユウタの様子がおかしかったのは、そういう理由だったのか。
ユウタはポケットからスマートフォンを取り出して、わたしに差し出した。開かれたメッセージアプリに表示された文字。
〈長崎妃奈子を守りたければ、帰ってきなさい〉
差出人は、元マネージャーの立花さんだった。
「あの動画の配信者が俺だと気付かれた時点で、警戒すべきだった。……なのに」
スマホを閉じたユウタが、うつむいたまま言う。
「おまえが、……おまえのせいで、」
ポンと。
弾けるようにボールがやって来て、わたしは思わずキャッチした。「すみませーん」と母親らしき女性が手を振っている。黄色い、ピカピカのボールだった。投げ返すと、「ありがとうございまーす」と子供と共に頭を下げられた。
会釈を返して視線を戻すと、ユウタの背中が遠くなっていた。
「待って、ユウタ!」
慌てて走って、その腕を掴む。袖口がひやりとした、その時。
「妃奈子!」
白いセダン車がすぐ横に停まったのと同時に聞き覚えのある声が響き、ユウタの腕を掴んだまま振り向くと。
「お母さん……?」
助手席には母と、運転席には、
「鈴木君も……?」
どういうことなんだろう。
どうしてこの二人が一緒にいるの。
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