09 真実を手にいれました

第37話

 古いアパートの近くにあった街路樹はすべての葉を落とし、寒々しい光景を映していた。

 オートロックも何もない、剥き出しに取り付けられた階段をのぼる。訪れたのは、三か月ぶりだ。

 チャイムを押す。人の気配は感じられなかった。


「長崎さん」


 わたしの後ろに立っている鈴木君が言った。


「彼氏さんに多額の金銭を要求された事はなかったですか?」

「あるわけないでしょ」


 鈴木君の言いたい事はなんとなく分かった。ユウタの整った外見と、このアパート。例えば、わたしが金をむしり取られているように見えてもおかしくない。

 でも、違うのだ。ユウタは確かに傲慢で横暴で性にだらしなくてどうしようもない部分もたくさんあったけれど、そのプライドによっていつもまっすぐに立っていた。

 何度かチャイムを鳴らしていると、隣の部屋のドアが開いた。冬だというのに薄着の、よれよれの服を着たおじさんが出てきて、わたし達をじろりと睨んで階段を降りていく。何日もお風呂に入っていないような体臭が空気に混じった。


「長崎さん、この部屋の合鍵は?」

「そんなの持っていないよ」

「実は騙されてたって知りませんよ、俺は」


 そう言いながら、鈴木君は床に置いた鞄をごそごそと探し出し、工具のようなものを取り出した。それを持って、ドアの前に立つわたしを退けさせる。


「何するの……」

「中に入ってみましょう」


 鈴木君は軽く言って、白い手袋を嵌めた指先で鍵穴に工具を差し込んだ。いわゆるピッキングだと気付いたのは、かちゃりと鍵がまわる音が響いた後だった。


「ちょっと……、鈴木君?」

「お邪魔しまーす……。特に争った形跡はなさそうですね」

「こんなの、不法侵入だよ。早く帰ろうよ」

 

 玄関から狭い簡易キッチンを抜ければ、六畳の狭い部屋があった。何度も撮影で使ったのに、マットは寒々しく折り畳まれていて、ひどく寒い空間だった。靴を脱いだ足元に感じる埃の感触が、ユウタがしばらく帰っていない事を示していた。

 鈴木君は室内をざっと見まわしてから、「帰りましょうか」と言った。


「万一、事件性があった場合に証拠を残すのは得策じゃない」

「だったら、どうして部屋に入ったりなんかしたの」


 事件性、という言葉にぞっとした。嫌な想像が脳裏に浮かぶ。不審なDMの件だってあるのに。


「ひとまず、長崎さんの自宅に戻ってみましょう。案外、帰ってきているかも」


 鈴木君が嵌めた手袋は、指紋を残さない為のものだった。


「鈴木君」


 狭い廊下で、わたしの履くパンプスの踵がかちりと鳴る。


「あなた、いったい何者なの」


 開けたドアから差し込む光を浴びた鈴木君が、振り返って爽やかに笑った。


「俺には、責任があるんです」


 正確ではない回答が、階段を降りる音と共に揺れた。アパートの外廊下から見える青い空で、白い雲が泳いでいる。鼻先に冷たい風が触れて、つんと痛んだ。

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