第28話
メイクラブポケットの〈ユウヒなチャンネル〉の配信ペースは、月に1~2本だ。ユウタがわたしの部屋に来てから、まだ二回しか撮影をしていなかった。
一緒に暮らすと逆にタイミングを掴みにくい。
十一月最後の土曜日、窓の外はあいにくの雨模様だ。ユウタがコインランドリーに行っている間、宅配便が届いた。二日前にわたしがネット注文した商品だった。
自分で注文したくせに開けるのに躊躇して、ユウタのいる時には見ないテレビを付けてみる。日曜日の午後は、ひどく平和だ。数年前に流行ったドラマの再放送が流れていた。
ありがちな男女の恋愛ドラマ。
思わずソファーに座ってドラマを見入ってしまった。ただユウタのファンでいた頃には共感できなかった映像が、急に心に響き始める。わたしはとても単純で馬鹿な生き物だ。
気付くとテレビではテロップと共に聴き覚えのあるエンディング曲が流れ出し、ドラマの時間が終わったのだと気付いた。壁時計は午後三時を示している。どきりとした。
いったいユウタは何時に出ていったっけ?
わたしはリモコンでテレビを消して、ソファーから立ち上がった。靴下のまま廊下に出る。玄関には当然のように、ユウタのスニーカーがない。
胸の奥がざわついた。ユウヒなチャンネルに届いていた不審なメッセージは、頻度は落ちたものの消えてなくなったわけではない。メイクラブポケットの運営元に不適切なメッセージとして報告しているものの、それが解決につながるわけもなく、状況は全く改善されていないのに。
ユウタがわたしの部屋に移ってきたからと言って、安全が保障されたわけじゃないのに。
いつの間にか手に持っていたスマートフォンは、何の知らせも寄越さない。ユウタ。思わずドアに手を伸ばした時。
「ただいまー……、あれ? 妃奈子、玄関で突っ立って何してんだ?」
インテリアブランドのロゴが入った、ビニル製のマチ付きトートバッグを肩にかけたユウタが、わたしを見下ろして怪訝な表情を浮かべている。
「よかった……」
「え?」
「ユウタに、何か危ない事があったのかと思った……」
ほっとして深く息をつくと、頭に手のひらが乗せられた。コインランドリーから帰って来たばかりのユウタの手は、冷えていた。
「馬鹿だな」
ユウタは笑う。
「そんなやわじゃねーよ」
どうしよう、わたし。身体のなかが逆流していくみたいにぐちゃぐちゃになる。
ユウタを好きだ。
馬鹿みたいだと思う。
始まりは、ただのファンだったのに。わきまえていたはずだったのに。ライブに通って、グッズを買って、CDを聴きながらポスターを眺めていればよかったはずなのに。
どうして願ってしまうんだろう。ユウタの人生に関与したいだなんて。
「……ユウタ」
どうしよう、どうしよう。
もしかしたらまだ風邪が治っていないのかな。あの夜と同じ、ユウタに触りたくてたまらない。
「セックス、しようよ」
わたしを見下ろしているユウタの瞳が、かすかに揺れた。言ってしまってから、間違えた、と思った。
違う。そうじゃない。
「……撮影、しようよ」
言い直すと、ユウタは肩からトートバッグを手に持ち替えて、「洗濯物を乾かしてきたばかりなんだけど」と文句口調で笑った。
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