06 新たな撮影に挑みました

第27話

 風邪は一晩で落ち着いた。

 エレベーターを降りて、マンションのエントランスを出る。大学と同時に一人暮らしを強く勧められて与えられた部屋。それだけではなく、生活費も、学費も、ぜんぶ親から与えられたものだった。

 貧乏な家の子供だった、とユウタは言った。わたしにとって当たり前だったことが、ユウタにとってはそうではなかったのだろう。

 環境に恵まれなかった子供が、他人の大人に拾われて、大人の言われるがままステージにあがって、歌って踊って、そして。


 ――セックス、していた


 中学校を卒業したばかりの年齢の(それもほとんど学校には通えていなかったというが)、綺麗な顔をした男の子が。

 大人にとって便利な道具になってしまった。金銭的にも、それ以外にも。


「あれ、長崎さん!」


 会社の近くのコンビニで購入したコーヒーを注いでいると、鈴木君に出会った。


「おはよう」

「おはざまっす! 今日寒いっすねー」


 人気ブランドのストライプのマフラーを巻いた鈴木君が、朝から爽やかに笑う。冬でも日に焼けた頬が健康的だ。


「長崎さん、近いうちに飯行きませんか? 近くに鍋料理の居酒屋がオープンしてましたよ」

「うん、いいね」


 部署内で若い者同士、何かと共有してきた仲だけど、最近の鈴木君は以前にもましてフレンドリーに接してくるようになった。幼い頃から同世代の友人が皆無だったわたしにとって、唯一の味方ができたようで心強い。

 そういえば、鈴木君はほんの少しだけ彰吾に似ている気がする。見た目も喋り方も違うけれど。

 コンビニのコーヒーマシンがアラーム音を鳴らした。出来上がったコーヒーを手に取って、蓋をする。

 お洒落な服を身に付けるのも、居酒屋で食事をするのも、こうしてコーヒーを買う事だって、全てお金が必要だ。お金に不自由した事のないわたしは、ユウタの苦労を理解してあげられない。

 それが、とても寂しい。

 同じ感情を共有できないという事実が。

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