第25話
結局、帰りは二十二時を過ぎてしまった。今では、エントランスでカードキーをかざさなくても、呼出ボタンを押せばユウタが施錠解除してくれる。
六階で停まったエレベータを降りると、外廊下に冷たい風が吹き込んだ。十一月、ネットニュースによると北海道では今年初めての積雪が観測されたという。何百キロと離れているこの地域の空の下も、ずいぶんと寒い。
玄関のドアを開ける。今日もいい匂いが漂っているのに、喉元には鉛が詰まったような息苦しさを感じた。
――スキルも経験もない俺が、ジャンフラのセンターだなんておかしいだろ?
昨日の朝に聞いた、自嘲の声。
――俺は、マネージャーのモノだったんだよ
ブーツを履いた足が、ぐらついた。
「妃奈子?」
いつまでもリビングに入らない事を不思議に思ったのかもしれない。開いたドアから顔を見せたユウタが、眉をしかめた。
「どうしたんだ、おまえ」
「え……?」
「顔が赤いぞ」
裸足で短い廊下を歩いてきたユウタが、ぼんやりと突っ立っているわたしの額に手を当てた。ひんやりとした感触がユウタに似合わないと思った。
仕事で帰りが遅くなった夜も、ユウタは何も聞いてこない。村田課長の怒号を浴びた日だって、わたしはユウタに愚痴のひとつこぼせない。わたし達は、ビジネスでしか繋がっていない。
なのに、手のひらの感触が優しくて、鼻の奥がつんとした。
「やっぱり。おまえ、熱がある」
それから、どうやってベッドまで辿り着いたのか覚えていない。ブーツを脱いで、トレンチコートもハンガーにかけられて、パジャマ姿になったわたしはベッドの中でうたた寝を繰り返していた。
寒い。
寒くて、苦しくて、心が寂しい。
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