第21話
会社から帰宅すると、ユウタがシンクを掃除していた。
「そういえば妃奈子、濡れたタオルは洗濯機に入れるなって言ってるだろ」
「えー、入れてたっけ?」
「入れてたよ。おまえ、何回目だよ」
脱いだコートを寝室のクローゼットに入れながら、わたしは欠伸をする。今日の仕事も、ずいぶんハードだった。午後十時。
「ユウタ、お腹空いたー」
部屋着に着替えてソファーに倒れ込むと、ユウタがわざとらしくため息をついた。
「おまえさ、俺が来るまでどんな生活を送っていたわけ」
蛍光灯に照らされたユウタの黒髪が、光を反射している。五年前のステージでもそうだった。当時金髪だったユウタは、誰よりも輝いていた。
さわりたいな。なでたいな。ひそやかな願望を隠すように、わたしは目を閉じる。
「別に、普通だよ。外食したりデリバリーを頼んだり。洗濯だってコインランドリーに投げておけば勝手にしてくれるでしょ」
空腹感と疲労感がミックスされて、指一本動かせない。そうしているうちに、ガチャガチャと足元で鳴った。三脚が組み立てられている音だ。
「撮影するの……?」
「ああ。おまえの生活能力の低さとどうしようもない金銭感覚はよく分かった」
カメラをセットした後、マスクを渡された。どんなショート動画を録るのか伝えられないまま、美味しそうな匂いが漂ってくる。
「ヒナ、ご飯だよ」
先ほどよりもワントーン高い、王子様みたいな〈ユウ〉が、テーブルにトレイを置いた。ハンバーグとサラダ、コンソメスープが乗っている。
「ユウが作ってくれたの?」
ついさっきまでは動く事すらできなかったのに、ソファーの上で起き上がってすらすらとセリフが出てきた。
「ありがとう、ユウ。大好き」
思わず腕を伸ばすと、ふっと目元で微笑んだユウタがソファーの上に乗っかってきた。ぎゅっとハグをして、サラサラの髪に触れる。やっとさわれた。ほっと息をつくと、仕事の疲れが吹っ飛んだ。
大好きって、もしかしたら初めて言ったかもしれない。嘘でもくすぐったいな。五年前には数えきれないほど伝えた言葉だけど。
カメラが、偽りのカップルとしてのわたし達を映している。
――俺とセックスして、金儲けしない?
ユウタに誘われたのは、半年前だった。何もかもに疲れてボロボロになっていた時、偶然再会した。春の出来事。
「ヒナ、ご飯食べないの?」
いつもよりも数段整った言葉遣いで、マスクをしたユウタが微笑む。
「んー……」
「食べないなら、無理やり食べさせるけど」
「うっそ、ちょっと待ってよ」
こうしている間に食事が冷めてしまう。食べ頃はもう終わってしまったかもしれないのに。
――じゃあ、どういう関係ですか
鈴木君からのメールの文面が脳裏に浮かんだ。
半年前、〈ユウヒなチャンネル〉が始まったのは、一緒に金を稼ごうとユウタに誘われたからだった。
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