第20話

「長崎さん、美味しそうな弁当っすね」


 書類作成に追われながら席でお弁当を突いていると、鈴木君が言った。


「そうかな」

「そうっすよ。てか、最近弁当持参が増えていますよね」


 鈴木君の指摘に、わたしはむず痒い気持ちになった。


「最近、忙しくてちゃんと休憩を取れなかったでしょ」

「そうっすね。課長が無茶ぶりしすぎですもん」

「それを、……一緒に暮らしている人、に言ったら、お弁当作ってくれて」

「ええ?」


 鈴木君が思わず大きな声をあげると、すかさず村田課長がパソコンの影から「うるせーぞ! くっちゃべっている暇があるなら仕事しろ!」と睨んできた。「すみません」と鈴木君はわたしの隣の席に座り、カタカタとキーボードを打ち出した。


〈一緒に暮らしているって、彼氏ですか?〉


 イントラネットにある社内メッセンジャーで、鈴木君からメッセージが届く。直接的な呼称に、首を横に振りたい気持ちを抑えてわたしは返信をした。


〈違うよ!〉

〈じゃあ友達ですか〉

〈友達でもないけど〉

〈親戚とか?〉

〈それも違う〉


 口の中に放り込んだ出汁巻き卵が、じわりと溶けた。

 ユウタがお弁当を作ってくれるようになったいきさつは、些細な事だった。仕事に追われて昼食を摂れなかった夜、フラフラになって帰宅したわたしに気付いたユウタが、準備をしてくれるようになった。


〈じゃあ、どういう関係ですか〉


 好奇心旺盛な鈴木君とのやり取りに、次第に冷静さを取り戻す。

 自惚れてはいけない。勘違いをしてはいけない。わたし達は、ただのビジネスカップルだ。

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