第19話

 肌に浮かんだ汗が急激に身体を冷やしていった。気付けば十月になっていた。


「集中していなかったみたいだけど」


 寝室には似合っていないソファーの上でペットボトルに口を付けながら、ユウタが言った。


「そんな事ないけど」

「よく言うよ。セリフはつまずくし、打ち合わせ通りの動きもできねーし」


 ユウタがこの家にやって来たから、一か月が経っていた。

 これまでと同じペースで、撮影は続いている。むしろ、ドライヤーでユウタの髪を乾かしたショート動画をアップした日から、ユウとヒナの日常ショート動画も定期的に更新しているが、いわゆるバズりを見せる事もなく、現状は変わっていない。

 わたしは枕をぎゅっと握ったまま、「ごめん」とつぶやいた。

 窓から部屋を照らす陽射しは、撮影が始まった時よりもずいぶん低くなった。ユウタがこの部屋に来た時よりも。


「妃奈子」


 ベッドマットが揺れた。


「調子が悪いのか」


 あまり抑揚のない喋り方なので分かりづらいけれど、それは確かなユウタの質問だった。

 わたしはベッドに横たわったまま寝返りを打つ。窓とは反対側のベッドの端に腰をかけたユウタが、わたしを見下ろしている。低くなった陽射しが、ユウタの端正な顔を照らした。

 こんなに至近距離にユウタがいる事が、今でも信じられない。


「悪くない……」

「何かあったのか」

「何もない……」


 こんな簡単な受け答えしかできないわたしは、どうかしてしまった。何もない訳がない。

 ため息をついたユウタが小さく足音を立てて、引き戸の向こうにあるリビングに歩いていくのが分かってほっとした。近くにいると嬉しいのに、離れると安心するなんて変なの。

 ユウタとの生活は問題なく続いている。ユウタは気分屋で傲慢な性格でありながら、生活を整えてくれた。朝起きれば朝食が準備され、洗濯は干され、夜に帰宅すれば美味しい夕食が待っていて、部屋は綺麗に片付いている。一人で暮らしていた時よりもずっと快適だ。

 だからこそ、戸惑う。だからこそ、勘違いしてしまう。生活を共にして時々セックスするなんて、まるで恋人みたいじゃないか。

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