04 集中できずに叱られました

第18話

「――ヒナ?」


 名前を呼ばれてはっとした。

 デニムパンツを履いただけのユウタが、わたしの顔を覗き込んでいる。日に当たったユウタの肩が眩しい。

 途端に頭のなかがぎゅるんと一回転して、わたしは状況を把握した。カメラの視線が痛い。


「大丈夫か?」


 心配そうな優しい声でそう訊ねてくるのは配信者の〈ユウ〉であって、ユウタはそうではない。そうだ、セリフ。セリフがあったんだった。

 今日は昼間の撮影だった。ソファーを寝室のベッド横に移動させて、恋人らしいやり取りからベッドになだれ込む、というのが今日のシナリオだ。

 ユウタが目を細めて笑った。マスクで口元が隠れている分、瞳の色が感情を語る。それは、初めてユウタと寝た時よりもずっと雄弁だった。

 ライブに通った日々から五年。普段はぶっきらぼうで話し方も乱暴なユウタが、わたしへの触れ方はあの日から変わらなかった。回数を重ねれば重ねるほどわたしの急所を覚え、わたしを高めていく。そして、存在自体を確かめるように肌を辿っていく時のユウタは、寂しさを零した。

 繋がった時はそれは顕著だった。日頃はほとんど本心を語らない分、体温を通じてユウタに潜む何かを感じ取っていた。もっと知りたい。もっと近づきたい。ユウタの重みを感じる。漏れた吐息がマスクの中で充満していく。

 ユウタ、と呼びたくなって、慌てて口をつぐんだ。

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