第17話

「いつもと雰囲気が違うと思ったら、服が違うんだ」


 ユウタがそう言ったのは、退室時間まであと十分という時だった。わたしはニットを被りながら、今になって自分のいい加減な服装に恥ずかしくなった。くたびれたデニムに、毛玉のついた古い白ニット。ユウタの出会う前の、モノクロの世界のわたし。


「いつもはもっと、お姫様みたいなひらひらな服を着ているからさ。だから覚えてた」


 だから覚えてた。

 認知されている事には気付いていたけれど、改めて言葉にされることで、胸をくすぐられた。


「どっちが好きですか?」

「何が?」

「服……、こういうカジュアルなものと、ああいうひらひらしたもの」

「あー……」


 すでに元の作業服姿に戻っていたユウタが、スマホをいじりながら興味なさそうに言った。


「どっちでもいいけど」

「あ、……そうですか」

「てか、そろそろ時間だよね。出ようか」


 どっちでもいい、という言葉は、どうでもいい、というものに聞こえた。

 二時間という滞在時間は終わり、身体に残った熱が急激に冷めていく。特段盛り上がったわけでもない、単なる性欲を解消するだけの行為は、後味の悪さだけを残した。

 ホテルを出て、軽い挨拶と共にユウタは背を向けて歩いていった。ユウタとのやり取りを反芻する。何か失礼があっただろうか。何か悪いところがあっただろうか。

 手の届かないはずの、わたしにとって神様みたいな人と過ごした時間が、さらさらと零れて輪郭を失くしていく。

 引きずって歩くキャリーケースの重みが増した気がした。

 



 それからも、日常は変わらなかった。ユウタはステージで最高のパフォーマンスを見せ、わたしは最前列でそれを眺める。グッズを大量に買い、家ではポスターを飾り、時間の許す限り動画を視聴する。

 ライブハウスには、いつもの顔ぶれに混じって、ときどき新規と思われるお客さんもいた。初めて宝石を手に入れたような表情を見せる彼女達が、他のメンバーの名前を呼べば安堵し、ユウタを呼んだ時には呼吸をしづらくなった。

 わたしのほうがユウタをよく知っている。あなた達はユウタに選ばれた事もないくせに。

 歪んだ優越感は肥大し、これまで得た幸福感が、ユウタへの不満に変わっていった。

 どうしてわたしを見てくれないの。どうしてわたしに声をかけてくれないの。どうして、もう一度寝てくれないの。

 どす黒い気持ちに圧し潰されそうになった時、形を失った時間をかき集めては組み立て直した。

 ベッドの中でのユウタは、ステージ上で見せる輝かしさも、ホテルに誘ってきた時の傲慢さもなく、まるで子供のように手のひらいっぱいに使ってわたしの形を確かめていた。目に映るものが本物かどうか、その感触を、温度を、確かめるように。

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