第16話
電車に乗って一時間。わたしが一人暮らしをしている場所。
キャリーケースのタイヤの音が、地元よりも薄汚れた空気に混じっていく。彰吾の言葉が、目の前でチラついてはわたしの喉元をチクチクと刺した。
コートのポケットに入れたままのスマートフォンがぶるぶると震えている。何十回目かになるお母さんからの着信だった。コンビニの前に立ち止まり、スマホの電源を切った。
すぐ目の前を、明らかに規定外に思える爆音を轟かせた外国産の車が通っていった。冷気が気管支を刺激し、小さく咳込んだ時。
「あれ?」
たったその声だけで分かってしまった。
「いつもライブに来てくれる子だよね?」
ユウタだ。
いつもはシンプルながらにシックな衣装を着飾り、スポットライトを浴びて、洗練された歌やダンスを披露しているユウタが、こんな排気ガスまみれの街中にいる。
「何してんの?」
ユウタの視線が、わたしの手元にあるキャリーケースに向いた。
わたしは一体、何しているんだろう。親に言われるがまま受験をして、進学して、恋人を失って。
これまでのわたしの人生は、母によって作られたものだった。でも、今だけは違う。
「もしかしたら、家出?」
「ち、違います!」
震える唇から、ようやく声が出た。
「まあ、何だっていいけど」
ぽろりと吐き出された言葉は、わたしの知るユウタのものじゃないみたいだった。
そういえば、ライブハウス以外でユウタに会うのは初めてだ。平日の午後四時。薄汚れた作業服を身に付けたユウタは、それでもキラキラしていた。
「いつも応援サンキューな」
「い、いえ……!」
「メンバーの中では、誰を推してるんだ?」
「もちろん、ユウタ……くん、です……」
「そう」
緊張のあまり、ガタガタと答えるわたしに、ふっと笑ったユウタが近づいてきて、わたしの肩に手を置いた。
心臓が飛び出るかと思った。
「俺を好き?」
細胞のひとつひとつさえ見つけてしまえるくらいの至近距離で、まっすぐにユウタに抗えるはずがなかった。ホテルに行こうよ、という誘いにさえ。
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