03 五年前に出会いました

第12話

 五年前。十九歳の頃のわたしの世界は、モノクロで成り立っていた。

 親に言われるがまま地元を離れて進学した大学生活は空虚で、無気力感に襲われていた。それにくわえ、高校時代から付き合っていた彼氏には振られ、一人暮らしを強要してきたくせに干渉してくる親にうんざりし、そのくせして慣れない一人暮らしによって孤独感が膨れ上がっていた。

 あてもなく街中を歩いている時に受け取った一枚のビラ。


「おねーさん、よかったら観て行ってよ」


 ひどく綺麗な顔をした男の子だった。シャツもパンツも黒色で揃えているからか、外灯を浴びた金髪が際立っている。

 導かれるようにして入った、古びたビルの地下にあるライブハウス。観客スペースはガラガラで、人気や知名度がない事はすぐに分かった。しかし、熱狂的なファンというものはどこにでもいるようで、着飾った女の子三人がステージの前に祈るように立っていた。

 ビラには三枚の写真と、その隣にカタカナやアルファベットで綴られた文字が並んでいた。どの写真にも、今時の男の子数人が写っていた。しかし、雑誌やテレビで見るようなものではなく、画質の荒い素人風の写真に安っぽさを感じた。

 アイドルに興味を持ったことはなかった。それどころか、流行りの曲さえ知らずにいた。親のすすめるものを摂取し、活用し、ルーチンに乗せるだけの日々。だから、大学生にもなってわたしは迷子になっている。

 きゃー、とステージ前方の女の子達が声をあげた。ステージには、黒いシャツと黒いタイトパンツで揃えた五人の男の子達が並ぶ。真ん中には、ビラを配ってきた男の子もいた。

 照明が、ぱっと彼らに光を映す。


「こんばんはー! ジャンクフラワーでーす!」


 ヘッドマイクを付けた五人が声をあげる。こんばんはー、と反応したのはステージの側にいる女の子達だけだ。そもそも観客スペースにいるのは二十人くらいで、他のグループ目当てなのかもしれない。

 一体わたしは何してるんだろ。後悔が姿を見せようとした時だった。

 響いてくる重低音。まばらだった観客が、息を飲んだのが分かった。

 韻を踏まれた日本語と英語が舞っていく。激しいラップとメロディーがダンスと融合し、彼らがステップを踏むごとに地面が悲鳴をあげているみたいだった。その中心では、中央の男の子が熱気のある空気を渦巻かせていた。

 視界に色彩が広がっていく。

 いつの間にか汗ばんでいた手で、チラシをぎゅっと握っていた。


「ありがとうございましたー! 一曲目は僕達のオリジナル曲、〈レッドスター〉でした!」


 その後、自己紹介が行われ、ビラを配った男の子の名前がユウタだと知った。彼は、まだ十七歳だった。


「では、次の曲を聴いてください」


 二曲目はテレビのCMで聴いたことのあるアップテンポの曲だった。有名なアイドルのカバーらしい。

 わたしの目はユウタに釘付けだった。育ち盛りで華奢な身体を目一杯動かして魅せるダンス、質の悪いマイクでも全力で歌う声に、こっそりとシャツの袖で汗を拭う姿さえも、わたしの胸を打ち続けていた。

 世界がひらける。後に出演したアイドルグループは目に入らないくらい、空虚だった心はユウタでいっぱいになった。

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