第11話
休日である土曜日の朝。
覚醒と同時に、懐かしいメロディーに包まれた。ベッドの上でゆっくりと起き上がり、引き戸を開けてリビングに入ると、ユウタが寝床にしているソファーの上には毛布が綺麗に折り畳まれていた。
メロディーの感触が強くなった。レースカーテンがふわりと揺れている。
「おはよう、ユウタ」
予定のない休日の朝は遅い。
窓の前に立ってレースを開ける。ベランダでは、ユウタが洗濯物を干していた。メロディーが止んだ代わりに、ユウタがゆっくり振り返る。
「起きるのおせーよ。もう九時だぞ」
「ごめん。洗濯ありがとう」
「別にいいけど」
それきりユウタはメロディーを口ずさむことなく、かごに入った洗濯物を次々と干していく。
わたしは窓際に立ったまま、マンションやビルの間から見える空の色を眺めた。今まで知らなかった景色だった。ユウタがやって来るまで、こうしてベランダに出る事すらなかった。
ユウタはいつもわたしに新しい世界を教えてくれる。
「妃奈子」
洗濯物を干し終えたユウタが、かごを持ってリビングに入っていく。
「コーヒー飲みたい」
どさりとソファーに腰かけるユウタの様子にほっとした。わたしは洗濯かごを洗面所に戻してから、キッチンでコーヒーを淹れる。ユウタは甘いコーヒーが好きなので、棚からスティックシュガーとはちみつを取り出した。そして、ユウタのために買ったマグカップ。これらはユウタがこの部屋にやって来てから置かれたものだ。
キッチンの風景はずいぶん変わった。ほとんど料理をしなかったわたしに呆れたユウタが、調剤器具や調味料を持ち込んだのだ。ずいぶんと生活感の漂うようになったこの空間を、わたしは嫌いじゃない。
鼓膜の奥で、メロディーが反芻される。
わたしが声をかけなければ、もっとユウタの歌を聴けたのかな。声をかけなければよかったな。カフェインの香りを鼻腔に感じながら、ひっそりと後悔した。
洗濯物を干しながらユウタが口ずさんでいたのは、数少ないジャンクフラワーのオリジナル曲だった。
ジャンフラが活動していた五年前の日々は、今のわたしを作り上げた日々だった。わたしには、ユウタしかいなかった。
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