第10話

 動画編集に使うタブレットは自由に使ってもいいと言われている。ユウタの言う通り、午後十時に動画がアップロードされた。さっそくコメントが付き始めている。


〈お引越ししたんですか?〉

〈今回も甘々ですね〉

〈ヒナちゃんいつもより感じてる?〉


 ときどき赤面させられるようなコメントでも、好意的なものは嬉しい。

 廊下の向こうで物音がして、足音と共にリビングのドアが開いた。


「おあがり」

「ただいま。あ、もしや俺らの動画を確認してた? やらしーな」

「違うし! コメントを見ていただけだよ」


 敢えて事務的な感情でコメントを確認する事はできても、さすがに自分のセックス映像を見る事には耐えられない。これにモザイクをかけたり字幕を入れるなどの編集をしているユウタは冷静なのかマニアックなフェチズムでも持っているのか、どちらにしてもわたしに好意がないからこそできるんだな。


「ユウタ、髪の毛ちゃんと乾かさないと風邪ひくよ」

「あー……」


 タオルを首にかけたままのユウタは、忠告など聞かずに、ソファーに腰かけたわたしの足元に座った。


「妃奈子が乾かしてよ」

「え?」

「ドライヤー。持ってきて」


 前言撤回だ。積極的に家事をしてくれる様子で忘れかけていたけど、わたしの知るユウタは横暴で、自分勝手で、人を振り回す。五年前も、今だって。

 湿気の多い洗面所にドライヤーを取りに行き、リビングに戻ると、ユウタがリビングの端にあるキャリーケースの荷物を漁っていた。


「三脚なんか取り出して、どうしたの?」

「いい事思いついた。マスク準備できるか?」


 ユウタの説明によると、これからはセックス以外の動画も撮っていきたいという事だった。


「せっかく一緒に住んでいるんだしさ。ラブラブアピールしていこうぜ」


 さっそくマスクを装着して、わたしはユウタの後ろに座ってドライヤーの電源を入れた。とたんに熱風の音が室内に静かに響き始める。


「あー……、キモチイイ」


 行為の最中よりもっと健全なキモチイイという言葉は、日常のもののようで非日常に近かった。ある意味、セックスの撮影よりも難しい。会話。会話をしなければ。


「お痒いところはないですかー?」

「それはシャンプー中のセリフだろ?」

「じゃあ何て言うのが正解?」


 馬鹿みたいにとりとめのない会話を綴っていく。


「お熱いところはないですかー、かな?」

「どこが熱いの、ユウ」

「全部。マスクしたままドライヤー、マジで暑い。風呂上がりだし」

「ユウが言い出した事ですよー」


 くだらない事でケラケラと笑い合う、その様子はどのようにカメラにおさめられているのだろう。

 指先に触れるユウタの髪が、少しずつ質感を変えていく。わたしは、タブレットで確認したメッセージを思い出す。


〈こんな動画で終わらせてはいけない〉

〈ステージに戻ってきなさい〉


 ぞっとする気持ちを抑えるように、ドライヤーの電源を落としたわたしは、ユウタの頭ごと抱きしめる。


「どうしたんだよ、ヒナ」


 優しく笑ったユウタが、天を仰ぐような体勢で真後ろに座るわたしを見上げた。動画に映るマスク姿のユウと、アイドルだったキラキラしたユウタは、何が違うんだろう。

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