第9話

 ユウタとの同居生活は思いのほか順調だった。先週末に録ったばかりの動画は、ユウタによって編集を施され、今夜アップロードされる予定だ。

 ユウタはわたしより二歳年下の二十二歳だ。五年前、当時十七歳だったユウタがアイドル活動をやめた後、どのように生きてきたのかわたしは知らない。


「ただいま、ユウタ」


 その日は村田課長が出先から直帰というスケジュールだったこともあり、久しぶりに定時で仕事を終える事ができた。職場から自宅までは電車で約四十分、帰宅するといい匂いが漂ってきた。

 リビングと対面式のキッチンには、ユウタが立っていた。食欲をそそられる香りは、わたしに空腹と疲労を自覚させた。


「おかえり」

「いい匂い。今日の夕食は何?」

「おまえ、食い意地ばっかりじゃん。」

「だってユウタが作るご飯、美味しいんだもん」

「腹が出たら、ビジネスカップル解消するからな」

「うそうそうそ! ちゃんとダイエットするからさ」


 意外にもユウタはこうして食事を準備してくれる。それ以外にも、率先して家事をしてくれる。これまで、撮影中以外ではぞんざいな態度だったとは思えないほど、ユウタはよく働いてこの部屋での生活を快適なものに作り上げた。

 だけど。


「ユウタって、料理できないって言ってなかったっけ?」

「あ? いつそんな事言ったよ?」

「昔、ライブのトーク中に。メンバーにいじられていた」


 まな板を洗っていたユウタが、きゅっと蛇口を止めた。しばしの沈黙の後、ふっとユウタが笑った。


「何年前の話をしてんだよ」


 あ、やばい。失言だったのかも。肩頬を歪めて笑うユウタは、少し怖い。

 ここで謝るのは自己満足にしかならないというのは痛いほど分かっていて、だからわたしは必死に別の話題を考える。


「ねえ、今日の夕飯は何?」

「鮭のクリーム煮と、ほうれん草のナムル」

「美味しそう。もうすぐできる?」

「つーか、おまえも少しは手伝え」

「ここ、わたしの家だよ?」

「はいはい、アリガトネー、ヒナちゃん」


 ソファーの前に置いたテーブルで並んで食事をする。ユウタの作るご飯は美味しい。


「アップロードは夜の十時だっけ?」

「ああ、設定は完了してる」

「ありがと。チャンネル登録者数、増えるといいね」

「おー」


 こうして食事の合間に、配信について話す時間がとても新鮮だ。これまでは決められた時間内でしかユウタと関わる事をしなかったし、できなかった。


「最近も変なDM来てるの?」

「ああ。でも放っておけばいい」

「そう……」


 ユウタがこの部屋に避難したきっかけは、悪質なDMだった。悪い事をしていないとはいえ、匿名でチャンネルを運営している以上、簡単に警察に届ける事もできない。そもそも実害があるわけでもない。


「ユウタ、時々スーパーとかに出かけているでしょ。気を付けてね」

「ああ、分かってる」


 リビングにあるテレビは沈黙を保っている。ユウタはテレビを好まないらしい。リビングには心地のよい静寂さが漂っている。ユウタの事をひとつ知れたことが嬉しいと思う。

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