第7話
ユウタが私のベッドにそっと座った。
「ソファーも使えるかなと思ったんだけど、クッションが上質すぎてもったいねーよな」
ベッドから二メートルほど離れた場所には、ユウタが持ってきた三脚とカメラがセットされている。
ユウタがマスクを装着した。それは、ユウとヒナというカップルの始まりだ。
「ヒナ」
撮影開始の合図と共に、ユウタがわたしの髪に触れる。
「なんでそんなに緊張してんの?」
普段には見せないような甘い声。実際、ユウタ目当ての視聴者もいるくらいだ。「だって……」とわたしはシナリオのセリフ通りに答える。
「いつもと違うから」
「うん、今日はいつもと違う場所だよね」
ユウタはマスク越しにキスを落とし、そのままわたしをベッドに押し倒した。ユウタの部屋で使っていたマットよりもずっとクッションが柔らかく、ふわふわとした心地に襲われる。
朝から着ていた薄手のニットの裾から、ユウタの手のひらが侵入してくる。予定していなかった撮影だから、衣装を考える暇もなかった。でも、そのままでいいと言われたニットとデニムパンツを脱がされていく。
「ヒナの言う通りだ」
あらかじめ決めていたセリフとは違う言葉を、ユウタが耳元で囁いた。
「下着もいつもと違う」
本当の自分をさらけ出されたような感覚から逃れるように、わたしはユウタに縋りつく。ユウタの着ているTシャツを剥いで、抱きしめる。温度のあるもの。わたしの好きなもの。
枕元に置いたマイクを意識した体勢で、わたし達は動いた。吐息も声もベッドの軋む音もすべてが売り物だ。
「ユウ」
必死になってユウタを求めるわたしの声さえも。
すべてがひとつになる。隙間なく埋め尽くして、揺さぶられていく。この時だけは、ひとりじゃないと思える。たとえ偽物の関係だったとしても、この体温だけは本物だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます