第5話
「本当に来たのかよ」
玄関のドアを開けるや否や、ユウタは不服そうに眉をしかめた。わたしはユウタにコンビニの袋を差し出す。
「コンビニでプリン、買ってきた」
袋の中をじっと見つめたユウタは、「上がれば」と部屋の奥へと歩いていった。
お邪魔します、と言いながらパンプスを脱ぐ。撮影目的以外でこの部屋に訪れるのは初めてだった。
「ユウタ、DMって……」
うるせーな。そう返事されると思いきや、ローテーブルの前に座ったユウタは袋からプリンを取り出しながら、
「そのタブレット」
と、テーブルの足元にあるタブレットに視線で促した。それは、動画編集で使われるものだった。
ユウタの前に座り、タブレットを操作する。メイクラブポケット内にある〈ユウヒなチャンネル〉のアカウントページには、いくつものダイレクトメールが届いている。ほとんどが好意的なものだが、中には批判的なコメントや、プラットホームの特性上卑猥なものも避けられない。その中で、確かに異質なものがあった。
〈かならず男を見つけ出す〉
わたしたちは匿名性をはかるために、本名や所在地は公表していないし、マスクをする事で顔バレも防いでいる。簡単に見つけ出されるわけがないと分かっているのに。
「気持ち悪い……」
思わずつぶやくと、ふっと目の前でユウタが笑った。
「だよな」
「そんな、他人事みたいに……」
言いながら、そうじゃないって思った。
他人事に思えないからユウタはわたしに連絡してきたんだ。
五年前の光景が記憶というスクリーンに描かれていく。歌声が、黄色い歓声の散る狭いライブハウスに充満していた。ライブ終わりに販売されていたCDはレーベルを通したものではなく、自主制作されたものだった。
「男って、ユウタの事なのかな……」
タブレットを見下ろしながらつぶやくわたしに返事をする事もなく、ユウタは黙々とプリンを食べている。
ユウタが甘く蕩けさせたのは、わたしだけではなかった。熱気を渦巻かせるサウンドに、地響きを起こしそうなダンスパフォーマンス、そしてどこまででも届きそうな澄んだ歌声。
五年前、ユウタはこの周辺にある小さなライブハウスで活動していたアイドルだった。
「妃奈子」
プリンを食べ終わったユウタが、私を見た。見たもの全てを惹きつけそうな強い光を伴う瞳は、あの頃から変わらない。
「しばらくおまえの家に置いてよ」
「え……?」
聞き間違えたかと思った。
ライトの下で、汗さえも宝石のように輝かせていた元アイドルが、私に何て言った?
「何か都合悪い事でもあんの?」
「べ、別に、ないよ……!」
慌ててそう答えると、ユウタはステージの上で見せていた爽やかな笑顔でにこりと笑った。
「じゃあ、そういう事でヨロシク」
抗えるわけがなかった。
わたしは、五年前からずっとユウタのファンなのだから。
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