第7話
翌日も朝からよく晴れていた。球技大会にふさわしい群青色の空。
私は日焼けを嫌がるクラスメイトの女子達と一緒に、体育館でクラスメイトの球技をひやかしたり応援したりしていた。今朝は健吾に会わなかった。遅刻ギリギリに教室に入ってきた健吾はホームルームが終わった途端に男子更衣室へと向かってしまったので、どんな表情を浮かべていたのか確認できていないままだ。
あんな噂を気にすることないよ、私は健吾の味方だよ、応援しているよ、だって私達は親友でしょ。
あっさりと零れる陳腐な言葉は、私の中に渦巻く心にあっさりと押し隠されてしまう。こんなに強い感情を、私だって知らなかった。知りたくなかった。
全ての扉を全開にして風通しをよくしているはずの体育館内にも様々な熱気が立ちこもり、背中に汗が流れていく。トーナメント式の球技ゲーム。タイミングが勝敗を決める事もある。
「
体育館の壁際に座っていた私を探していたのか、グラウンドにいたクラスメイトが走ってきた。外からの光に差した人影を、私は体育座りをしたままぼんやりと見上げた。
「どうしたの?」
「健吾君が怪我したみたい」
息を切らしながらも状況を伝える女子生徒の前髪は、汗で濡れている。怪我。不穏な単語に、思わず立ち上がった。彼女が私を探してくれたのは、私が保健委員だからだ。
「分かった、今行く」
汗のせいで、膝の裏にジャージの裏地が張り付いていて気持ちが悪い。
「健吾君って、地味に格好いいよねー」
「うるさい男子とは一線引いているっていうか、大人っぽいところがいいよね」
「一組のコバヤシさん、健吾君に告白するって宣言しているみたいだよー」
背後で広がる能天気な女の子達の声を振り切るように、体育館の外に出た。乾いた風が不快な汗を冷やしていく。私はグラウンドへと走る。不器用に結ばれた靴ひもが、スニーカーの上で不格好に揺れた。
健吾はフットサルを選択していたはずだった。コートのそばに行くと、グランドの端の雑草が生えている場所で、健吾はクラスメイト達と座って談笑していた。
「健吾!」
呼ぶと、健吾は不思議そうな顔をして私を見上げた。いつの間にか私よりも背の高くなっていた健吾を、こうして見下ろすのは久しぶりだった。そういえば、小学生の頃までは健吾のほうが身長が低かった。
「ハル、どうしたの?」
「どうしたの……って、健吾が怪我をしたって聞いたから」
走ってきたせいで上手く酸素を取り入れられない。肩で息をしながら私が言うと、健吾の周りにいた男子達が、ひゅーさすが保健委員、とはやし立てた。健吾は笑わずに、ああ、と小さくうなずいた。
「怪我っていうか、擦り傷。さっきの試合で、盛大で転んだから」
そう言った健吾は、ジャージのハーフパンツから見える膝を見せてきた。健吾の言うように擦りむいたそこは、傷によって血が滲んでいて痛々しい。
駄目だよ、と私は言い、思わず右手を伸ばした。
「そういうの、放っておいたら駄目だよ。化膿したらどうするの」
私が昨年から保健委員をやっているのは単なる成り行きだが、今一番それっぽい事を言っている自分がおかしかった。でも、私は知っている。健吾が手当てをしたがらない理由。保健室に行きたがらない理由。
健吾の両隣に座っている男子達が、にやにやと興味深そうに事の成り行きを見守っている。背後で笛の音が高く鳴り響いた。また一つの試合が終わったのだろう。歓声に混じって、砂の匂いも風に流れてくる。
手を差し出したままの私に観念したのか、健吾が私の手をとってゆっくりと立ち上がった。思ったよりも乾いた手のひらだった。
ひゅー、とからかいを見せる男子達に、うるさいよ、と苦笑をこぼした健吾は、おとなしく保健室に行く事を選んだようだ。グラウンドの端にある時計台は、もうすぐ正午を指そうとしている。真上から光を落とす太陽が後頭部をじりじりと焦がしているようだ。様々な試合の音を抜けていくように、私達は手を繋いだまま並んで歩く。そこは、普段の登下校の景色とは全く違うものだった。
ほどいた手の熱を残したまま、昇降口で靴を履き替え、しんとした廊下を歩いた。グラウンドや体育館とは別世界のようだ。
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