第6話
その日、健吾から連絡が来ることはなかった。
放課後、私は一人で通学路を辿って自宅まで歩く。隣の二階建ての家を見上げても健吾の気配は伝わらない。もうずいぶん長い事、健吾の部屋に入っていない。スマホを手に持ったまま立ち尽くしていた私は、健吾にかける言葉を考える。大丈夫だよ、だなんて、何の気休めにもならなかった。きっと、健吾が突き指をしたあの日にも。
湿った空気が、健吾の家の前に置かれた花壇の土の匂いを滲ませている。私は華奢な安本先生の姿を思い浮かべる。そして、制服姿の健吾を並べて想像してみる。
最初から無理だったんだよ。喉元までこみ上げてきた感情におののいた私は、その場から逃げるように隣の自宅へと駆け出した。門を開けて鍵をまわし、玄関の中に入る。まだ誰も帰宅していない家の中でひとり、キーホルダーのつけられた鞄を抱えた両手が、自分の中に存在していたものを否定するように震えた。
安本先生のネガティブな噂話が飛び交うたびに、健吾の恋を手放す理由が増えればいいと思った。安本先生のモテる話が沸き上がるたびに、健吾の手が届かなくなればいいと思った。安本先生の結婚は、健吾の恋の終止符にうってつけだと思った。
健吾の恋を応援しているなんて、嘘だ。
最初から無理な恋心を抱えていたのは、私の方だった。私はただ、安本先生を見つめる健吾を好きなだけだった。秘密を分け合うだけで、それだけでよかったはずなのに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます