第6話

 その日、健吾から連絡が来ることはなかった。

 放課後、私は一人で通学路を辿って自宅まで歩く。隣の二階建ての家を見上げても健吾の気配は伝わらない。もうずいぶん長い事、健吾の部屋に入っていない。スマホを手に持ったまま立ち尽くしていた私は、健吾にかける言葉を考える。大丈夫だよ、だなんて、何の気休めにもならなかった。きっと、健吾が突き指をしたあの日にも。

 湿った空気が、健吾の家の前に置かれた花壇の土の匂いを滲ませている。私は華奢な安本先生の姿を思い浮かべる。そして、制服姿の健吾を並べて想像してみる。

 最初から無理だったんだよ。喉元までこみ上げてきた感情におののいた私は、その場から逃げるように隣の自宅へと駆け出した。門を開けて鍵をまわし、玄関の中に入る。まだ誰も帰宅していない家の中でひとり、キーホルダーのつけられた鞄を抱えた両手が、自分の中に存在していたものを否定するように震えた。

 安本先生のネガティブな噂話が飛び交うたびに、健吾の恋を手放す理由が増えればいいと思った。安本先生のモテる話が沸き上がるたびに、健吾の手が届かなくなればいいと思った。安本先生の結婚は、健吾の恋の終止符にうってつけだと思った。

 健吾の恋を応援しているなんて、嘘だ。

 最初から無理な恋心を抱えていたのは、私の方だった。私はただ、安本先生を見つめる健吾を好きなだけだった。秘密を分け合うだけで、それだけでよかったはずなのに。

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