第4話

 その日以来、健吾は私にひそかな恋心を隠さなくなった。二人で歩いている時でも、安本先生を見かけた時には健吾は堂々と声をかけるようになった。

 二十代後半だという養護教諭の安本先生は、男子にも女子にも人気があり、教室でもたびたび彼女の噂話が飛び交っていた。女子生徒が恋の相談に乗ってもらった話や、男子生徒が本気のラブレターを贈ったらしいという話。時には安本先生に関するネガティブな噂もあった。どこまでが事実でどこからが嘘か分からない、薄い液晶画面の向こう側にある存在のストーリーのようにどこか真実味のないもの。

 教室の中心で声の大きなクラスメイトが安本先生の名前を声に出すたび、寡黙な健吾は何かを耐えるようにサイズの合っていない少し小さな椅子に座ったまま身をこわばらせていた。そしてその放課後には、一緒に下校する私にこっそりと言った。


「あんな話に、俺はいちいち惑わされたくない」


 健吾の心は、肥大した想いに押しつぶされそうになっていた。安本先生の話をする健吾は、何度見ても初めて会う人のようで、私はその度に焦燥感に駆られていた。健吾が安本先生を想えば想うほど、遠くにいってしまうようだ。でも、健吾が安本先生の話をすればするほど、私との関係性が深くなっていくようにも思った。他の誰にもこじ開けられる事のない、二人だけの秘密。

 健吾が突き指をした日よりもずっと秋めいた夕方も、学校内に植えられている樹木の葉が落ち切ってしまった寒い冬の日も、そしてあの入学式の日を再現したような桜色に包まれた放課後も、安本先生の話題に触れるたびに、健吾は言った。

 ハルにだから言える。ハルがいてくれてよかった。――ハルは、俺の親友だ。

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