第2話 美と生命の布
いいえ、もうひとつ人間の行為と呼ぶべきものがありました。紛争のこともお話ししておくべきです。平均寿命についてお話ししましたが、私が生まれた頃には、最も多い人間の死因は決闘によるもので、次に多いのは内戦による戦死でした。決闘の自由が合法となったのは5世紀前です。決闘の原因はさまざまですが、お金についての係争が最も多く、次に多いのは夫婦や親族間のいさかいでした。当局は一応統一を保っていたのですが、恒常的に内戦を繰り返していました。それは本質的には、大昔の権力闘争と何ら変わらないものです。そうです、人間同士で殺し合って死ぬ人がほとんどで、老衰や病気で死ぬ人はとても少なかったのです! 倫理という語が用いられなくなって久しいですし、人々にとって、殺し合いで人間の数が減ることは、生産的ですらあると見做されていました。人口の爆発こそが人間社会の第一の問題と位置付けられていましたし、人々は決闘や内戦のニュースや映像をすら、娯楽として楽しみ消費していたのでした。
さあ、姉のこと、そしてカーマのことをお話しするときです。控えめに言っても父は、火星ではあまりに素朴でした。人々の良心に訴える、最も単純な方法を取ったのでした。でも今度は慎重でした。私を除いて、反乱の計画を他の人には一切明かしませんでした。そうです、姉には秘密にしていたんです。確かに姉は父の思想を理解しようとしていませんでした。快楽主義者、暴力主義者という点で、他の人々と何ら変わらないように思えました。でも姉がその時――私が20歳で姉が22歳――まで管化手術を選択しなかったのは、父の影響であるに違いなかったのですし、もし父が姉に反乱の計画を打ち明けていたとしても、姉は当局に密告したりはしなかったと私は今も信じています。
どうあれ、その日姉は、友人たちの強い勧めに従って、管化手術を受けました。金星にも先遣隊員のための管化手術の設備はあったのです。手術室から出てきた姉の姿! 私は姉に触れることができませんでした。私にはそれは化け物にしか見えなかったのです! 私は恐怖と憐れみとがないまぜになったような激情にとらわれました。走って逃げ、マンゴーの森に駆け込みました。それは私たちが金星に作った最初の森で、私たちにとって金星環境の変成が成功したことの一象徴でした。私はマンゴーの樹に向かって、父に教わった作法で両手を合わせ、心の底の激しい気持ちを、"神様"に訴えました。
「お慈悲ですから、彼らを何か、美と生命の布で覆ってやってくださいませ」
そのときです、私が初めてカーマを見たのは。私のそばに水滴がぽたぽた落ちるのが見え、次に、拳銃を持った、カーマが現れたのでした。カーマは言いました。
「この水が涙なのですか? 私は生まれて初めて泣きました。おそらくは、私はいま生まれて初めて感動しています。プルシャの娘アートマ、あなたはいま何をしているのですか? 私はそれをこれまで見たことがないと思いますが、あなたはいま、とても美しいことをしたのですか?」
私は答えました。
「私は美しいことをしたのではありません。あなたが美しいと感じたのです。私は兄と人々を救ってもらえるよう、"神様"に嘆願したのです」
カーマは言いました。
「神様というと、25世紀頃まで信じられていたというものですね? でもなぜそんなことを?」
私は答えました。
「憐れみから」
カーマは言いました。
「憐れみ? 知らない言葉です」
私は言いました。
「いいえ、あなたはそれを知っています。あなたはそれを見て、心に映し取り、それとなったのです。そのためあなたは涙したのです。それにしても、あなたはどなたですか? あなたはなぜ、私の目に見えない形でここへ来て、拳銃を手にしているのですか?」
透明化の技術は近年開発されたものですが、非合法となっていました。でも当局の工作員は使っていると聞いていました。カーマは答えました。
「不思議なことです、アートマ。私はあなたに虚偽を述べることができません。私はカーマ。当局の評議員である母からあなたの父プルシャとあなたを殺すように命令されてここへ来たのです。あなたを撃とうとしました。しかしきっと私は逆に、あなたのその、憐れみという名の拳銃によって撃たれたのです」
カーマは私と同い年の、凛々しい美丈夫でした。
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