第2話 追体験
凪の中に入ってきた少女の存在全て。それは闇の底へと沈んだ彼女の意識に少女の人生を追体験させるものだった。
少女は生まれながらに不幸だった。物心ついてすぐ、両親の離婚によって父親を失った。彼女が小学生になった頃に、母親が勤め先である夜のお店で捕まえてきた男と再婚。しばらくは平穏な日が続くと思われた。
「きゃああ。いやあああ。やめてええええ!」
「大人しくしろ!」
小学四年生の頃、父親に犯された。力のない彼女に大人の男性を振り切るような力などなく、父親の気が済むまで欲望のはけ口にされた。
その後、母親の目がない時間を狙って、少女は父親に犯される日々を送ることになる。それも長くは続かなかった。ある日、少女が犯されている時に、母親が帰宅し現場を目撃してしまったからだ。
少女は、それによって母親が助けてくれるだろうと淡い期待を抱いていた。だが、その結果は彼女にとって、さらに厳しいものとなる。母親は父親を責めるどころか、少女が父親を誘惑したと言って責めてきたのだ。
「私が全部悪いんだ……」
その後は父親も母親も少女を責め続けてきた。それでも父親は事あるたびに少女を犯す。だが、一人では生きることもままならない彼女にとって、自分の身体を父親に捧げることが唯一の生きる道だった。そして少女は自分自身を責めるまでになる。
「……さん。僕と付き合ってください!」
「はい」
少女は中学生になった。それなりに可愛い外見だったこともあり、同級生の男子から告白されて付き合うことになった。そのことは二人の秘密だった。だが、それが父親にバレたことで破滅を迎える。父親が男子を家に呼び出し、彼の前で少女を何度も犯した。
「やめてええ、んああ、あんあん♡」
「お前のここは俺専用だ。残念だったな!」
少女の悲鳴と嬌声が混じる中、身動きできない男子に対して勝ち誇る父親。当然ながら、彼とはそれっきりになってしまった。その事件によって、彼女は自らを責めることをやめた。
「私に力があれば……。嫌なもの、気に入らないものを全て蹂躙できるほどの力があれば……」
代わりとして彼女の心を支配したのは、圧倒的な力への渇望。そこを
『我を手に取れ。全てを蹂躙する力を与えてやろう』
彼女の前に現れた紙片。それが彼女の頭の中に語り掛けてくる。追い詰められていた彼女は迷うことなく紙片に手を伸ばす。彼女の胸の中に収まり、右手に妖刀首斬が生まれた。
「おい、なんだそれは! やめろぉぉ! ぐあっ……」
この日も彼女を犯そうと近づいてきた父親の首を一振りではねた。初めて人を殺した彼女だったが、何の感慨も後悔もなかった。むしろ、忌まわしい過去からの解放感。憎い相手を自分の手によって、ただのモノに堕とす達成感。それらが彼女の心を高揚させた。
「ただいま……えっ? きゃああああ!」
その後、帰ってきた母親も同じように首をはねた。実の娘を助けるのではなく、父親と一緒になって彼女を責めた女も同罪だ。その後、二人をめった刺しにしたあと、警察へ駆け込んで事情を説明した。
「部屋に知らない男の人が入ってきて、父と母を……。私は部屋にいたのですが、物音に気付いて様子をうかがったあと、怖くて押し入れに隠れていました」
「そう、それは大変だったね。大丈夫、犯人はすぐ見つかるよ」
現場検証の結果、凶器は鋭利な刃渡り50㎝を超える鋭利な刃物と断定された。まさか警察も少女が犯人だとは思ってもいないようで、親身になって励ましてくれた。もちろん犯人など見つかるはずもなく、捜査はあっさりと暗礁に乗り上げてしまう。
「終わった。全部……」
これで平穏な日々が訪れると思っていた。実際に両親がいなくなっても生活に大きな支障はなく、これまで生活を盾に脅されていた日々はなんだったのだと悔しい気持ちになる。
「何で私が、こんな目に遭っていたのに、誰も助けてくれなかったのか?」
だが、そんな平穏も長くは続かなかった。両親への憎しみは、やがて自分を助けてくれなかった社会に対する憎しみへと変貌していった。憎しみだけではない。人を殺したときの高揚感もまた、彼女の心を麻薬のように蝕んでいた。
「殺したい。誰でもいいから……」
つき動かされるように、少女は妖刀首斬を手に夜の街へと繰り出した。首を斬り落としたときの万能感を求めて、その頻度は一週間に一度だったのが、三日に一度、二日に一度、と短くなっていき、ついには毎日のように人の首をはねるようになった。
そして、あの日……。首を斬り落とした少女の元にやってきた、もう一人の少女。凪と呼ばれていた彼女も少女は容赦なく殺そうとした。だが、彼女は同じ。呼び出された蜘蛛によって、少女はあっけなく存在を全て奪われてしまった。
「これで、本当に、終わり……」
声に出せない言葉と共に、少女の存在は闇の底に落ちていった。
「――目が覚めたか?」
「
「すでに回収済みだ。お前が寝てる間にな」
「そっか、ありがと」
少女の存在を追体験した凪は、彼女の抜け殻に寄り添うように仰向けになっていた。彼女の人生の凄惨さを目の当たりにして、こぼれそうになる涙をこらえるために左腕で目を覆う。
「うん。初めてじゃないけど、相変わらずキツイよね」
「当然だ。
「それって、僕も?」
「もちろんだ。あの少女が殺意という業によって妖刀首斬に認められたように。お前は強欲という業によって、蟲毒大全に認められたのだからな」
ビブリアの言葉に不服だったのか、凪はがばっと起き上がって彼に詰め寄る。
「強欲? どうしてそうなるのさ」
「簡単な話だ。蟲毒というのは、毒を何種類も集めて、強力な毒を作る。それが強欲でなくて何というか」
「むぅぅ、納得いかなーい!」
「それに、わざわざ存在を喰らったのも、そのまま殺すには惜しいと思ったからだろう? つらい思いをするのが分かっているのに……」
猫なので表情が変わらない、にもかかわらず呆れていると感じ取った凪は頬を膨らませた。
「むぅぅ、そんなこと言わなくてもいいじゃん。あっ……」
抗議の声を上げようとして、途中で止まる。それは彼女のお腹が急激に大きくなっていったからだった。
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