第3話 磔刑樹

「うううう……く、苦しい……」


 大きなお腹を上に、仰向けに横たわっている凪は苦悶のうめき声を漏らす。お腹の中から何かが外に出ようと暴れて回っているような不思議な感覚。その苦しみに耐えながら、ひたすら呼吸を整えて、来るべきを待つ。


 もともと人気のない公園ではある。それでも人通りが全くないわけではないため、凪は動けなくなる前に近くの茂みの中に身を潜めていた。


「フッフッハー、フッフッハー」


 暗闇の中に彼女の規則正しい息遣いだけが聞こえる。数十分にわたる苦闘ののち、彼女のお腹の中から巨大な塊が足の方へと向かっていく。胎児の頭がゆっくりと足の間から出てくる。頭が出きってからは早い。あっという間に、全身が彼女の身体から羊水とともに出ていく。


「う、産まれたあ!」


 達成感と苦痛から解放された喜びに凪は声をあげて震える。その胎児がまともなものではないことは、へその緒がないことからも明らかであった。


「こやつはどうするつもりだ? このまま放置しても問題はないはずだが……」

夢幻禁書庫イマジナリアーカイブを試してみようよ」

「ふむ、構わないが……。すでに先ほどの業は解消しておる。紙片ピースだったことも踏まえると期待はできんぞ」


 こうして産まれた胎児は、すぐに成長するため放置しても構わない。再誕リバースしたことで業も解消されていて、異能禁書グリモア同調シンクロすることはほとんどない。実際に何度か試してみたが、これまで一度も同調シンクロしたことはなかった。


「試す分にはタダだし、いいじゃない」

「まあよい。ではいくぞ。夢幻禁書庫イマジナリアーカイブ開架オープン!」


 ビブリアの背後に空間の歪みが現れる。これが二百三十八万七千冊の異能禁書グリモアを保持する夢幻禁書庫イマジナリアーカイブだった。彼が少女のかたわらに移動すると、空間の歪みから一冊の本が現れる。


「む、バカな。全書オリジンが反応しただと?」

「ほら、試して良かったじゃない。その子は連れて帰ろうよ。もしかしたら、僕の『仕事』を手伝ってくれるかもしれないしね」

「そうだな。異能禁書グリモア同調シンクロした人間を放っておくわけにもいくまい」


 凪は制服の上着を脱いで、胎児を包み抱きかかえると家へと向かった。



 家に着いた凪は、布団を敷いて胎児をその上に寝かせる。一日もすれば、それなりに成長するはずである。


「まさか全書オリジンが反応するなんてね」

「我も驚いておる。しかも、『列聖伝れっせいでん』だぞ。傲慢の業を背負う異能禁書グリモアだ」

「何で傲慢なんだよ。それって聖者とか聖女とかの記録だろ?」

「人が人を救おうとするなど、傲慢でなくて何というか。悪ですらも救おうとするのだぞ? まあ、悪を救うと言えば聞こえはいいが、あの世に送るということだがな」

「ようは、その子は英雄みたいな業を背負ってしまったわけね」


 そんな凪の言葉に、ビブリアは鼻で笑った。


「ふん、英雄ではない。似てはいるが、『英雄伝』は敵を殲滅し、民を支配する憤怒の業を背負った全書オリジンだ。そこに理念はない」

「ま、いつものようにまったく分からないわ」


 凪は、相変わらずワケのわからない説明をするビブリアに呆れて肩をすくめた。


「それで、次の異界禁書グリモアは見つかったの?」

「ああ、割と近くにいる。今から行くつもりか?」

「そうね。休日ですることもないからね」


 凪はビブリアの先導に従って、次のターゲットのもとへと急いだ。たどり着いた先は何の変哲もないマンションの一室。だが、それを見た凪は驚いていた。


「あああ、ここって……。あの子の家じゃない?」

「ここがそうなのか……。ターゲットは中にいるようだぞ」


 さらなる驚きが待っていることを知らない凪は、それでも不安を感じながら恐る恐る玄関の扉を開けた。視界に入ってきた廊下に人影がないことを確認して、奥へと進み、リビングへと入った。


「花梨、花梨、かりん、カリン……。どこだ?」


 リビングの隅には、うずくまってつぶやいている男がいた。その不気味な光景は彼女にたとえようのない不快感を与える。


「な、なんなの。これは……あっ?!」


 驚きのあまり声を漏らした凪。それに気づいた男が立ち上がって振り返ると、彼女は目を見開いて凝視する。口も思わず開いていて、無意識のうちに手で覆っていた。


「なんで、この男が?」

「知っているのか?」

「あの子――渡辺花梨わたなべかりんの父親よ。死んだはずじゃ……」

「なるほどな。確かにあやつは死んでおる。だが深すぎる後悔ゆえに、異能禁書グリモア同期シンクロしたようだ」


 ビブリアの言葉に凪は首をかしげる。


「それって、娘に手を出したことを後悔しているってこと?」

「逆だ、娘を完全に自分のモノにできなかったことに対する後悔だ」


 現実は、彼女が思っているよりも最低だった。


「まあ、どっちにしてもやるしかなさそうね。異能禁書グリモア蟲毒大全こどくだいぜん解放アクティベート!」


 凪の胸から現れた本が開き、彼女の装いを変えた。


「それで、アイツは何と同調シンクロしているの?」

「おそらくは、『磔刑樹たっけいじゅ』だろう。お前とは相性が良くないが……。所詮は頁片ページだ。何とかなるだろう」


 頁片ページとは、紙片ピースより一つ上のランクの異能禁書グリモアである。だが、彼女の全書オリジンと比べると、写本レプリカ章片チャプターを挟んで3つ下のランクである。


「蟲毒、毒蜘蛛!」


 彼女の前に巨大な影のように黒一色の蜘蛛が現れる。それは男に毒の糸を吹きかけた。男は糸を樹木と化した腕で振り払うと、千切れた糸が毒液となって男に降り注いだ。


「これで身動きがとれなく――」

「バカが! 油断するでない!」


 決まったと思った凪は、頭の上にいるビブリアの叱責に我に返った。動けなくなったはずの男は、彼女に樹木の腕を振るってきた。


「えっ、ど、どうして?!」

「樹木相手に虫の毒が効くワケないだろう。バカか?」

「そんな! それじゃあ、動く相手を食べさせないといけないの?」

「それは厳しいな。ヤツの身体は樹木となっている。普通に喰うわけがないし、存在を喰えばヤツの妄執に囚われるぞ!」


 あっさりと八方塞はっぽうふさがりの状態にされ、凪は思わず呆然とする。一方、敵である男は容赦なく樹木の腕を振り回していて、彼女は回避するのがやっとの状況に追い込まれていく。


「ちょっと、それってどうしたらいいのさ。倒す方法ないじゃない!」

「そこはお前が考えるのだ。健闘を祈る」


 ビブリアの突き放した態度に、凪は憮然としながら攻撃をかわしていく。防戦一方の凪が集中力を維持するのは難しい。一瞬のスキを突かれて、足に樹木の枝が絡みつく。


「しまっ――」


 身動きを封じられた凪は、あっという間に樹木に絡めとられ、磔にされてしまった。

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