時の中のあなた

花宮守

時の中のあなた

「どうして……」

 私の家。見慣れた景色。以前は毎日歩いた道。二度と帰れないと思ってた。帰れなくてもいいって思ってたのに。

「ロス?」

 名前を呼んでみる。返事はない。

「何でよ……」

 何で、今になって。恋が叶う前なら諦められた。こっちの世界に帰りたがってた時には帰れなくて、向こうで生きることを決めてたのに。

「ロスッ……」

 胸が痛い。涙が溢れる。切ない。苦しい。あなたに会いたい――。

『もしも私と離れてしまうようなことがあったら、時の中を探しなさい』

 彼の声が頭の中に響いた。三夜続けて抱かれると花嫁になれるというしきたりのもと、三夜目を迎えて。幸せなまどろみの中で、確かにそう言った。ひと月にも満たない結婚生活は、私の人生の中で一番幸せで大切な時間だった。

「時の中、なんてっ……わかんないよ……」

 日が暮れてもその場で泣き続けた。まるで時が止まったかのように、誰も通らず、見咎められることもなく泣き続けた。

 涙がようやく涸れたのは月が真上に上った時。清かな光に上を見ると、彼の髪と同じ色の満月。銀色……何て綺麗。

「あなたが月にいたらいいのに」

 そしたら、どんなに時間がかかっても宇宙飛行士になって会いに行くのにな。あなたは年を取らないもの。私を待っててくれるはず。

「うん、いいかも」

 突飛な考えだけど、ちょっぴり元気が出て、家の玄関に向き直った。中には明かりがともり、今まで気付かなかったおいしそうな匂いが漂っている。道行く人の姿も今は普通にある。首を傾げながら、一年ぶりの自宅の扉を恐る恐る開けた。鍵かけないの、相変わらずだなあ。

「ただいま……」

しずく? お帰りー。ご飯できてるわよ」

 変だな。お母さん、怒ってない?

 玄関の壁にはカレンダーがかかってる。それを見て体が竦んだ。私が向こうへ行った年の、正にその月のページ。記憶を辿れば、今のお母さんの言葉も夕食の匂いもあの日と同じ。

「まさか、夢……? ううん、絶対に夢なんかじゃない」   

 手を洗いながら私は確信していた。髪の長さも服も、あの日とは違う。私だけ一年の時が流れている。

『時の中を探しなさい』

 大好きな声。探し当てるまで絶対に忘れない。時間に関係あることを片っ端から調べて、勉強して、あなたに再び巡り合う。

「待っててね」

 お腹に手を当て、語りかける。あなたのパパ、必ず見つけるからね。

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時の中のあなた 花宮守 @hanamiya_novel

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