第5話 好敵手

 アレックスはきのことベーコンの炒めものをテーブルに置く。今晩のおつまみだ。


「乾杯」


 乾杯を交わす。ノンアルコールだというのに、アレックスは香りを楽しんでからワインを口にした。


「クラウディア、恐らく夫人の推理は当っています。犯人はグレイアム公爵でしょう。ワイナリーの収入は公爵には入りませんし、夫人の成功は現当主としては面白くないでしょうし」


「わたくしには、公爵のお気持ちがわかりますけど。放っておけばよろしいのでは」


 公爵家の当主と先代の後妻との争いに、皇帝自ら関わる必要などない。


「いいえ、私はあのワイナリーのワインを帝都の名産物にしたいのです。もっと収益を拡大させ、海を超えて外国にも輸出させたい。そうすれば税収も潤う。それに、個人的にもあのワインが楽しみなのです」


 ノンアルコールしか飲めないアレックスだが、ワインが楽しみだと言う。


「だから放置はしません。実はね、ウコフ地方にもワイン造りに適した地があるのです。そこにグレイアム公爵領を転地させようと思ってるのです」


「な、なぜ!?」


 ウコフ地方は大陸の外れだ。


 先日のサキタカ領も、従来の領主を転地させ、譜代の重臣の領地に変えてしまったが、そこは帝都近くの要所だからまだわかる。


 なぜグレイアム公爵をそのような外れに転地させてしまうのか。


「継母対継子。意地をかけたワイン対決をしてもらいます。もちろん継子はド素人。そこは私も肩入れし、今の夫人ワイナリーから選りすぐりの者を引き抜きます。夫人ならその穴埋めも難なくなさるでしょうし」


「なぜそのようなことを?」


 クラウディアはきのこをつまみながら尋ねると、アレックスは美麗に微笑んだ。


「人が実力を伸ばそうとした時に好敵手ライバルの存在は重要な意味を持ちます。好敵手がいないとどこかで慢心し、成長速度が鈍化します。海外を見ればもっと優れたワイナリーはありますが、どこか遠い存在です。好敵手は身近な方がいい。それも負けられない相手であればあるほど、効果的です」


 継子にはワイン造りに集中してもらうため、領地に常駐を命ずるつもりだという。遠くの地にいれば、継子も妨害行為ができない。そのうえで、帝都のワイナリーよりも優れたワインを作ることだけに熱を入れさせる。公爵としての意地をかけて。


「私も身近にいた兄に、毎日負けるものかと思っていましたよ。なんといってもあなたの婚約者だった男ですから。意地になって勉学に励み、武芸を磨きました。身長はまだ追いついていませんが、そのうち追いつくでしょう」


「……お兄様への対抗心から飛び級されたのですか」


 アレックスは十歳で高等教育まで終えている。その原動力になったのが兄という好敵手がいたから……?


「しかし陛下、失礼ながら、陛下のお兄様は勉学はさほど出来ませんでしたわ。ビリから二番目でしたのよ」


 クラウディアは吹きだしてしまった。ビリから二番目の兄のために、飛び級をしたあげく、数々の博士号を取るというのはやり過ぎ感がある。


「そうなんですよね。もしかすると、クラウディアはちょっとおバカさんな男性の方が好きだったりします?」


「…………」


 クラウディアは目の前のアレックスをみて思う。


(この子は努力家で、地頭もいい。でもある意味……お兄様以上のおバカさんなのかもしれないわ)


 クラウディア一人の愛を勝ち取るために、数々の努力をしたというアレックス。しかし、クラウディアにそこまでの価値があるかといえば、そうではないと思っている。


 努力の方向性が間違っているとしか言いようがない。


「クラウディアはどういう男性がタイプですか?」


 ほんのりと酔ってきたクラウディアは頭の中で理想の男性像を思い浮かべる。ふわりと浮かぶのは、先日の舞踏会のこと。


 アレックスに木に押しつけられ、強引にキスをされた。自分よりも背が高く、大人の男性になっていたアレックス――。


「わたくしは、もう恋愛なんてしたくないのです。好きなタイプなんてありませんわ」



◇◆◇



 結局葡萄泥棒の黒幕は誰なのかはっきりとさせず、グレイアム公爵領はウコフ地方へと転封てんぽうとなった。その際アレックスは、公爵にワイナリー事業を展開するように指示をした。


 海外の品評会に出しても金賞を取れるくらいのワインを作れと発破をかけた。公爵は鼻息荒く期待に応えると返事をしたそうだ。


 公爵がウコフ地方へ移ってから、エレノアワイナリーへの妨害はなくなったという。



「ところで陛下、休みの日はエレノア様の葡萄畑に行かれていますが、何をなさっているのです? いい加減お答えください!」


 胸倉を掴んで詰問すると、アレックスは渋々白状をした。


「私のワインを造るためだけの木を植えてもらったのです。私が十八になった時に、その葡萄で造ったワインをあなたと飲みたいな、と。結婚式で開けるというのも悪くないですね」



【 Episode 3 ・完】

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