第4話 貞操とは
「成功者がハーレムを築いて何が悪いというのでしょう? 夫が存命なら問題でしょうが、夫の喪が明けてからハーレムを築いたのですわっ」
エレノアは悪びれもせずに堂々とそんなことを言う。
「し、しかしあなた、御子息としてはそういうわけには。お父様を侮辱されているようにも感じられるのでは」
エレノアへの反感から、クラウディアは継子の肩を持ってしまう。
「ではクラウディア様、もし、万が一、ご夫君となられる陛下が先に身罷ったとしても貞操を貫くのかしら?」
「な……っ! なんてことを言うのです! 陛下に向かって縁起でもないことを!」
思わずクラウディアは立ちあがった。拳がぶるぶると震える。しかしエレノアは涼しげな表情を崩さない。
「人はいつか死ぬものです。皇帝であろうと皇后であろうとそれは同じこと」
「おやめなさい! たとえ話であっても、陛下のお命に関する話題など!」
クラウディアの剣幕にグッドルッキングガイ達は慄いているが、エレノアは動じない。
「論点がずれていますわ。わたくしが聞いているのは、貞操を貫くか否かですわ」
「そのような質問に答えるつもりはありません。陛下はわたくしより六歳も若いのです。わたくしが先に死ぬに決まってますから」
「男性の方が寿命が短いのに?」
「わたくしが死なせません!! 陛下は長生きするのが夢なのです! わたくしがその夢を叶えます!」
そう言ってアレックスの手首を掴んだ。
「陛下、このような場所に長居は無用です! エレノア様、失礼いたしますわ!」
アレックスを強引に立たせて手首を引っ張る。
「クラウディア……」
アレックスは蕩けそうな笑みを浮かべ、やんわりと手首の拘束を外した。
「夫人、あなたの仰ることはわかります。あなたが思うがままに生きるのも間違っていません。しかし、グレイアム公爵のお気持ちもわかります。彼はまだお若い。自分と歳がそう変わらない義理の母というのも受け入れ難く、あなたの才に対する嫉妬もあるのでしょう」
そう言ってアレックスは微笑む。その微笑みは麗しさと共に威厳があった。
「そして、私が先に死んだとしても、クラウディアにも思うがままに生きてほしいと思っています。ただ……クラウディアはあなたとは違うタイプなので、ハーレムよりは、クラウディアただ一人を愛してくれる人と添い遂げてほしいな、と思うのです。誰よりもクラウディアを大切にしてくれる人と」
◇◆◇
皇城に戻ると、誰もいない厨房に入る。早速詰問タイムだ。
「陛下、なぜあなたはお一人でエレノア様の元へ行ったのです!? ま、まさか……あなたはエレノア様のことを?」
アレックスは年上の女性が好きなのだと聞いている。クラウディアに相手にされないからと言って火遊びに手を出したのかと不安になる。
「私のような子供を、あのご夫人が相手にするわけないじゃないですか。私だって嫌ですよ。私はあなただけを愛しているのですから」
対するアレックスはただ苦笑いを浮かべるだけだ。
「最近のあなたは子供らしくありませんし、彼女が食指を伸ばしたとしてもおかしくないですわ!」
あえて「私はあなただけを愛しているのですから」の台詞はスルーをして、詰問を重ねる。
「あのグッドルッキングガイ達はどうなのです? べたべたと身体を触らせて……ま、まさか、あなたは両刀ですし、抱きたいと言われたら応じるつもりだったとか!?」
クラウディアの心配の種は尽きない。なんといってもアレックスは老若男女に人気があるのだ。
「そんなことあるわけないじゃないですか。お尻を明け渡すのはとても勇気がいるものです。本当に好きで信頼できる相手じゃないとできないです。あなただけですよ」
お尻という具体的なワードが飛び出したことにより、クラウディアの妄想が弾ける。
(い……いやぁぁぁぁ! アレックスがあんな軽薄そうな男達にお尻を……っ)
今度は本気で「あなただけですよ」の台詞が頭から飛んでしまった。
「あなたのお尻はこの帝国のお尻なのです! わ、わたくしが守ります!」
肩をがっつりと掴み、力いっぱいそう宣言した。
「ところで、夫人は継子に疑いをかけているようですが……。私はね、クラウディア。別にあのご夫人の行いをふしだらだとか、貞操観念がないとか、そのようには思わないのですよ」
アレックスは冷蔵庫から冷えたワインを取り出す。自分用のノンアルコールワインも同時に取りだした。
シュポン、と心地のいい音を立ててコルクを開け、グラスに注ぐ。
「どうぞ」
クラウディアにアルコール入りのワインを差し出す。冷蔵庫から数種類のきのことベーコンを取り出す。フライパンにバターを入れて炒めだした。
流れるような手なれた動きに思わず見惚れる。フライパンを返す仕草はどことなく男らしく、二の腕を見てドキッとときめく。
(ほ、本当に陛下は男らしく、大人っぽくなってしまいましたわ……)
エレノアが手を伸ばしてもおかしくはない。もう子供らしさは抜けきってしまったように見える。
「私は、女性も男性同様に、自立した生き方が出来ればいいと思っているのです。エレノア夫人は結婚する必要はなかった。しかし世間体が許さないのでしょう。前公爵がご存命なら、夫人は籠の鳥。彼女はご自分の才を活かすために、あえて別れが近いお相手を選んだのでしょうね」
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