第3話 葡萄泥棒の黒幕とは?

「な、なんだこの女!?」


 葡萄泥棒達は剣を抜いた。


(騎士階級? 傭兵? どちらにせよ、ワイナリーの従業員ではあり得ないわ!)


 斬りかかってくるのを扇子で弾く。実力差は明白で、男達は「引け!」と引こうとする。


 と、そこに彼らの進路を塞ぐようにアレックスが立ちふさがった。


「引かせるものか。勝手に敷地内に入り、美しい女性に剣を向けるなんて許されないことだ」


 アレックスも剣を抜く。


「ちょ……っ! あなたはお下がりになって! 怪我でもしたら……っ」


 クラウディアが止める間もなく、アレックスがサムライソードの峰の部分で男達を打ちすえる。


 葡萄泥棒は地面に叩きつけられ、気を失った。


「その男達はどうせ金で雇われた者達ですわ。雇った者は大体わかりますけどね」


 アレックスの後から現れたエレノアは、涼しい顔でそう言った。


「で、クラウディア様はなぜここに? 愛しの婚約者様がわたくしに食べられちゃうとでも思ったのかしら」


 エレノアにクスクスと笑われて、クラウディアは羞恥で顔が赤くなる。


「べ、別に! わたくしは陛下の婚約者ですが、束縛するつもりはありませんわ。で、でも、エレノア様が手を出していい相手ではありません。陛下はまだ未成年ですものっ」


 アレックスは男達を縛り上げている。男達が地面に落とした剣を拾い上げた。


「この剣はサムライソードではありませんね。てことは他領の騎士か、傭兵か。夫人、詳しい事情を聞かせていただけませんか」


 そこにぞろぞろと見目のいい男性達が集まってくる。皆、農作業着姿だ。


(これが噂のグッドルッキングガイ……!)


 グッドルッキングガイは、美少年皇帝が目の前にいることに色めき立つ。


「うわぁ……本物の皇帝陛下!?」


「写真より可愛いっ」


 お触りをしようとするものだから、慌ててクラウディアは間に立った。


「気安く触れないでください!!」


 建国して間もないということもあり、皇帝に畏敬の念を持つ者も少ない。アレックスの立ち位置は、畏怖される為政者というよりは、ファンから黄色い声援で騒がれるアイドルに近い。


「陛下も気安く握手に応じないように!!」


 クラウディアはアレックスにも念を押す。少しは臣下と距離を持ってもらいたいものだ。


「では、陛下。わたくしのサロンへ。あ、もちろんクラウディア様もどうぞ」


 エレノアにサロンに誘われる。クラウディアはアレックスを苦々しい表情で睨みつけた。


「陛下、あなたにサロンはまだ早いです」


「そうなんですか? というよりクラウディア、なぜここに来たのです? ま、まさか私が夫人に食べられるのが嫌……とか? それって私のことを――」


 アレックスが目をキラキラと輝かせてクラウディアを見た。


(う……っ! な、なぜそこで喜ぶの……っ)


「あ、あなたは未成年です! わたくしはお兄様の代わりの保護者のようなものですっ! し、心配なだけですからっ」


 ツンとそう返した。



◇◆◇



 ふわふわしたソファに座らされた。円卓には美味しそうな多種多様なチーズが揃えられ、ワインをグラスに注がれる。


 クラウディアはエレノアの横に座らせられ、グッドルッキングガイ達がアレックスを囲む。


「……すごい美少年。写真よりも生のほうが綺麗ですね」


「このサラサラの髪、どうやって手入れされているんです?」


 グッドルッキングガイ達が馴れ馴れしくアレックスの髪を触る。クラウディアのイライラはMAXにまで高まる。


「自分で開発したオリジナルのトリートメントを使ってるんです。今度夫人の元へお送りしますから使ってみてください」


 アレックスは愛想よくニッコリ笑って返す。


「お肌もすべすべなんですね」


 グッドルッキングガイがアレックスの頬に触れそうになった瞬間、クラウディアの我慢が限界にきた。ガンッと立ち上がり、グッドルッキングガイ達をどける。


「そんなに馴れ馴れしく触れないでくださいっ! こ、皇帝なんです! アイドルじゃないですっ」


 アレックスをガードするように周囲を見渡すと、またエレノアがクスクスと笑っている。


「男性にまでヤキモチですの? あ、もしかして。陛下は両刀なのかしら? 護衛騎士といい仲とかお噂になってますが」


 アレックスは嬉しそうにふわりと笑った。


「私は愛する人が男性でも女性でも、どちらでもいいです。その人がその人であるならば。実はその護衛騎士、このクラウディアに性転換変装してもらった姿なのです。私は男性でも女性でも、クラウディアが大好きです」


 クラウディアが好き、と言い切るアレックスの表情は見惚れるほど可愛らしかった。グッドルッキングガイ達が頬を染めている。


「クラウディア様が羨ましいぃぃぃ。一回だけ、一回だけでいいからハグしてもいいですか?」


「僕はチューがしたいです!」


 興奮する彼らにクラウディアの怒りの鉄槌が下る。


「いい加減にしてください! 皇帝に向かって無礼ですわ!! あなた達がハグやチューしていい相手ではないのですっ! 皇帝なのです!! ホストではないのです!!」


(皇帝がアイドルやホスト扱いされる国なんて、聞いたことありませんわ。まったく疲れる……)


 クラウディアはぐったりしているが、アレックスはあまり気にせずにこにこと微笑んでいる。


「ところで夫人――先ほどの葡萄泥棒にお心当りがあるとか?」


 アレックスがそう切り出した。


「あれは継子が雇った者達でしょう。彼は気に入らないのですわ。後妻のわたくしの事業が成功しているのが」


「ほぅ。黒幕は、現グレイアム公爵と当りをつけられているわけですね。しかしなんのためにそのようなことを?」


「わたくしの邪魔をしたいのです」


 吐き捨てるようにそう言うが、クラウディアは継子の気持ちもわかる。


「エレノア様がグレイアム公爵家の品位を下げるような振る舞いをなさっているのも問題なのでは? いくら未亡人とはいえ、おおっぴらにハーレムを形成するなんて。しかもご当主の言うことをまったく聞かないというではありませんの」


 クラウディアがじろりと睨むと、エレノアは余裕の笑みを浮かべる。


「そのハーレムを形成っているのも継子が広めた噂ですわ。ま、事実ですけど」


「事実なら広められたって仕方ないじゃありませんの」


 そこでエレノアは挑発的にクラウディアを見る。


「女性は貞淑であるべき。男性に従うべき。クラウディア様ほどの方がそんなことを言うなんて」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る