Episode 4:皇帝の一日ルーティーン
第1話 皇帝の朝
トウショウグウ帝国皇帝、アレックス・ラムル・シルヴェスは日が昇る前に起き上がる。
朝一番に行うのは、「お友達の健康チェック」だ。
「うん、クロちゃんは大丈夫そうだね」
抱き枕にしている大きな黒猫のぬいぐるみの全身をチェックする。この抱き枕は先日クラウディアから誕生日プレゼントにもらったものだ。毎日抱きしめて寝ている。
その他、ベッドに並べてある大小様々なぬいぐるみの健康を念入りに確認する。
「ミケちゃんは少し肩を怪我しているね」
九歳の誕生日にもらった三毛猫のぬいぐるみを手に取り、ベッド脇からソーイングセットを取りだした。丁寧にチクチクと補修をする。
アレックスは男性で生まれながらの王族でありながら、自ら裁縫もする。かけがえのない友人達の健康を、自分の手で守ってやりたいのだ。
ひと通りチェックを終えると、着替えて外に出る。日が昇り始めた早朝の庭を散歩する。
庭の手入れをする庭師は、この広い皇城に一人しかいない。彼は日が昇り始めた頃に作業を開始する。
「おはようございます、義父上」
アレックスから庭師に挨拶をした。
「皇帝陛下、今日も早いですな」
「どんな薔薇が咲いているのか、事前にチェックしなくてはなりませんから。その他、咲き始めた花はありますか?」
「
庭師と連れだって金木犀を見に行く。近づくにつれて、甘く華やかな香りが風に乗って漂ってくる。花自体は小さく可憐なのに、なぜこんなにも個性の強い香りなのか。
「あぁ~いい香り! 金木犀には『初恋』という花言葉もあるようなのです。私が幼い頃より、クラウディアに寄せていた想いをそのまま表現したような……」
「陛下は五歳から、うちの娘に懸想していたのですか? 本当に早熟ですね……そんな陛下のために、金木犀の匂い袋でも作りますか」
「作ってくださるのですか!?」
この庭師は、前チャンドラー公爵である。皇帝に弓を引き、自害をした――というのは表向きの話。実はこっそり蘇生させ、名を変えて庭師として雇っている。
天下人を狙った野心高き男は、今は好々爺のように隠居生活を楽しんでいる。
子供の頃は、よくこの義父に頭を撫でてもらっていた。
アレックスは、実父よりもこの義父が好きだ。実父は国王ではあったが自分の意思というものがなく、臣下の操り人形のようだった。アレックスは無気力な人間より、腹黒く野心高き人間を好む。自分に近いものを感じるためだ。
「また、例の公爵夫人からワインを頂いたのです。後で義父上のところにも運ばせますね」
「ありがとうございます。早く陛下と本物のワインを楽しめる日が来ることを楽しみにしておりますよ。息子と酒を呑む――男の夢ですからね」
義父もすっかりアレックスを息子と認知しているようだった。
「私も義父上と呑める日を楽しみにしてます。あと二年ですよ」
実の父とそういう関係になることはないだろう。父は乱世の国を治めるのが嫌で、地位を捨てて出て行ってしまった。もう会うことはないと思っている。
義父の勤務時間は早朝から昼にかけて。あとは皇城の奥にある離れで悠々自適の暮らしをしているのだ。
(私はあなたから野望を奪った。いや、引き継いだといっていいかな。あなたの娘を守る役目も同時に引き継いだ)
誰よりもクラウディアを幸せにする。これはアレックスの誓いだ。
義父と別れた後、クラウディアの眠る邸宅へと向かう。クラウディアの邸宅は、アレックスの部屋の庭を挟んで向かいにある。
「「「皇帝陛下、おはようございます」」」
侍女達が一斉にカーテシーで出迎えてくれる。
「おはよう、愛しのクラウディアは――」
「おはようございます、皇帝陛下」
クラウディアは既に準備を終え、同じようにカーテシーで出迎える。表情は憮然としている。部屋を盗聴されるのが嫌で、早起きしているのが不服のようだ。
「おはようございます、愛しのクラウディア」
「今日もあなたはお美しい。あなたはどの薔薇よりも可憐で、香りは金木犀より――」
「もういいです、陛下。行きましょう」
クラウディアは朝の口上を遮り、歩きだす。今日は金木犀を見に行くことにした。金木犀の香りが楽しめる位置にあるベンチに座り、アレックスは甘えるようにクラウディアの膝に頭を乗せた。
「陛下は叔父上のところに長文のわたくしへの賛美の手紙を送ったようですね」
「そんなに長文ではありませんよ。便箋三枚分です」
「充分長いですわ。恥ずかしい」
現チャンドラー公爵――先ほどの庭師の弟は、クラウディアではなく、自身の娘をアレックスの妻にしようと企んでいる。迷惑このうえないので、「そういうのはいりませんよ」という手紙を送った。
クラウディアに対する賛美も文章中に入れた。これでも書ききれないほどなのだが、クラウディアはご不満のようだ。
「クラウディア、あなたをないがしろにする人間はこの私が許しません。とはいえ、皇帝の権力は使いたくないですからね。ペンは権力より強し。私はあなたへのラブレターを、あなたの叔父上に送ったのですよ。フフフ」
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